ブラックカルテという言葉に、メグは反射的に体をこわばらせた。

「国光の偉大なる研究者、『感情ノイズに反応して発生する気体、または固体』の発見者とも呼ばれている」

「……誰だよ……そいつ」

「今は国光を抜けて消息が分からなくなっている。死んだとも言われているし、どこかに身を隠しているとも言われている」

「どうでもいいじゃねぇか、そんな奴のこと!」

「よくないんだよ」

 椎名が真剣な眼をした。

「そいつは国光の研究データの全てを知っていた男だ。組織を知りすぎた男の蒸発は、大きな痛手なんだよ。研究を行う組織にとってはさ。さらにそいつが隠し持っていたとされる研究データが問題でな」

「データ……?」

「俺は楓を十二番目の変異者だと言ったよな」

「あぁ」

 頷く。

「楓は最も新しく発見された変異者だった」

「待てよ、違うだろ。ブラックカルテは全部で……」

「そう。だ」

 メグの頬を汗が伝った。

「その研究者が隠し持っていたデータこそ、ブラックカルテのひとつだったんだよ」

「ブラックカルテを隠し持ってた……?」

「さっき、俺はこうも言ったよな。彼はブラックカルテの発見者だと」

「あ……あぁ。それもおかしいだろ。だって俺がヌメロウーノで……発見者は……」

「あぁ。そうだ。彼が隠し持っていたその古いレポートに書かれていた変異者が、ヌメロゼロ……未だ国光で把握できていないブラックカルテ患者だ。……ここまで話せば解るな?」

 メグは頷けなかった。気持ちが邪魔をした。

「国光はその男を探してる。ブラックカルテヌメロゼロの患者を見つけ出すために。……マツリはその男の近親者の可能性がある。絶好の手がかりだろ」

「……っでも……」

 遮るように椎名が人差し指を立てる。

「そしてそのヌメロゼロは、その男の周りにいた人物の可能性が高い。マツリがヌメロゼロである可能性を国光は考えている」

 反論ができない。メグはぐっと拳を握った。

「マツリに聞かなければ分からないが、その男の名は大蕗 奔吾オオフキ ホンゴ。おそらくマツリの父親だ」

「……っ莫迦みたいにできすぎた話だな、クソッたれ……ッ!」

「真実は小説より希なり、だよ」

「くそっ!」

 メグは駆け出し、勢いよくメグは保健室の扉を開けた。

 その大きな音とともに。眼に飛び込む。

「……マ、マツリ……っ!」

 彼女が扉の前に立っていた。いつもの、無表情な顔で。

「メグ。どこ行くの」

 あまりに普通に首を傾げるので、メグはほっとした。聞こえてなかったらしい。

「俺はいづみを……―――」

「私も……っ」

「ダメだ!」

 大声で遮った。マツリはぐっと唇を噛む。メグはすぐに怒鳴ってしまったことを後悔し、マツリの肩に手を置いて優しい口調で告げた。

「お前は此処にいろ。絶対、いづみを連れて帰ってくるから!」

「でも……」

 メグはマツリの言葉を聞かずに走り出した。マツリはその背中を見つめながらぎゅうっと眉を寄せた。

「マツリ、早く部屋に入りな」

 椎名がそう言ってマツリの肩に手を置く。

「……ごめんね」

 椎名が低い声で謝るので、マツリは頷いて言うことを聞いた。

 保健室に入るとソファに腰かけ、取ってきた鞄に手を突っ込んだ。そしてラッピングの開きかけたおにぎりを取り出した。

「……昼食?」

「全部、食べれなかったから」

「……」

 椎名もソファに座り、向かいあって沈黙を泳ぐ。どうにも耐え切れない静けさだった。椎名はなにか言葉を探そうとしていたが、うまくいかない。そんな椎名の努力を、マツリは唇ひとつで掻き消した。

「大蕗 奔吾は……私のお父さんです」

 瞬間、椎名の心臓はてついてしまった。

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