放課後。もう次のテストを目前としていて部活もなく、生徒たちは一斉に家へと向かう。

「あれ、マツリどこ行ったんだろ」

 帰り支度を済ませたいづみは呟いた。

 気づけばいなくなっていたマツリの席に鞄はあるみたいだが姿がない。

 ――まぁいっか。今日はスパイク取りに行かなきゃいけないし。先に帰っちゃえ。

 そう思った彼女は自分の鞄を持ちあげて教室を出た。そして昇降口まで来たところで、後ろから名前を呼ばれた。

「ん?」

 振り向くとそこに彼がいた。

「なによメグ。マツリと一緒じゃなかったの?」

「別々にいちゃ悪いか」

「別に」

 いづみはふいっと顔を背けて、靴を履き替える。

「マツリ知らねぇか」

「知らないわよ。なに、探してるの?」

「……や、別に」

 メグも靴を履き替えた。そういえばこいつの靴箱は近い。

「……あのさメグ」

 いづみが呟くように言葉をつむぐと、メグはちらりと彼女を見た。目は合わない。

「正直、あんたのこと……前よりもっとよく分かんなくなったし、呪われた手? っていうのも……いろいろ事情があるんだなと思ってる」

「……はあ?」

 メグが背を伸ばしていづみに向き合うと、いづみも靴を鳴らして背筋を伸ばし、メグを見つめ返した。

前言撤回ぜんげんてっかいしとこうと思って」

「……前言撤回?」

「許さないってやつ」

「……ああ」

 メグは少しだけ表情を曇らせた。後悔を思い返しているのだと、すぐに分かった。

「や、ほんと。ありがとう」

「……なにがだよ?」

 いづみはすっとメグの瞳から目線を外し、鞄を担ぎ直して歩き出した。メグもそれに付いて昇降口を出る。

「私じゃマツリを連れ戻すことはできなかったから。感謝してる」

「……いや、俺は……」

「何もしてなかったら、マツリはあんたと一緒に学校に来ようとなんてしないわよ」

 いづみが呆れ顔で振り返る。

「これからは、あんなふうにマツリを追い詰めるのは、絶対やめてよね」

 それは睨むような、強い眼だった。

「ああ」

 メグがまっすぐにそう答えると、いづみはにっこりと微笑んだ。メグの顔もつられるようにしてほころぶ。だが、そのメグの笑顔は一瞬にして消え去った。

「メグ?」

 突然凍りついたその表情に、いづみは首を傾げた。

「国光……」

 すぐそこの校門の向こう側を見つめながら、メグが小さく呟いた。

「え?」

 その瞬間だった。


大蕗 祀オオフキ マツリだな?」


「え?」

 前方へ、いづみが振り返る。

「てめぇら……!」

 メグが身構えたが、その声の主は彼を無視した。

神威 萌カムイ メグと一緒にいる女生徒……お前が大蕗 祀だな」

「……ちょっ」

 いづみも身構えた。が、その男の眼を視界に捉えると、瞬時に額に冷や汗が滲んだ。ぞくりとする。その眼は敵意のようなもので鈍く光ってる。

 いづみはちらりと校門の外に止まる黒い車を見た。国光の車だった。その車の側に立つ別の男が手を伸ばす。眼鏡の優男だ。

「ご同行願います。大蕗 祀さん?」

「……っ」

 汗が止まらない。その優男ですらなんだか嫌な感じだ。これは、ヤバイ。

「いづ――」

「メグ!」

 メグがいづみの名前を呼ぼうとした時、それを遮って彼女が叫んだ。そしてにこっと笑い、本当に小さな声で「しぃーっ」と言った。全然余裕のない表情で。

「……はい」

 そして何を思ったか、いづみは頷いてその男の手を取り、車に乗り込んだ。

「おい! お前……っ!」

 メグが叫ぶ。だがそれを完全に無視し、車はいづみを乗せて走り去ってしまった。

「いづみ……!」

 取り残されたメグは今度こそ彼女の名前を叫ぶと、弾かれたように元来た道を戻った。



「随分大人しく一緒に来てくれましたね」

 車の中で優男がいづみに言った。

「……国光って、メグが言いましたから」

「なるほど、頭のいい子ですね」

 彼は感心したようにははっと笑った。

 いづみは少しも顔の筋肉を動かさず、ただ祈った。少しの後悔を、噛み砕きながら。

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