週が明けると、マツリは久しぶりに学校に登校した。

「まッ…! マツリ!!」

「ん?」

 校門わきで後ろから声がして振り返ると、ゴチンという音とともにいづみが体当たりしてきた。

「いたた、いづ……」

「マツリ! だい……大じょ……大丈夫なの!?」

「え、あ……」

 すごい勢いにマツリが戸惑う。

「もう学校来て大丈夫なの!?」

「あぁ、うん。大丈夫だけど……。ごめん、心配かけたよね」

「よかったぁー!」

 いづみが抱きつくと、マツリは衝撃で崩れかけた。

「おい」

 マツリの横を歩いていたメグが呆れた顔をする。

「……って、メグ!」

 いづみはとっさに飛びのいた。

「叫ぶないちいち。校門で暴れるんじゃねぇよ。恥ずかしい」


 ――呪われた手っていうのはね。メグの手の中にいる化け物のことだよ。


 メグの吊られた右腕を見て、保健医の言葉が脳裏のうりをかすめ、いづみは一瞬身体を強張らせた。しかし、メグの飄々ひょうひょうとしたその態度や、愛嬌あいきょうのある呆れ顔に脱力してしまった。

「メグに言われたくないんですけど! なによ、朝からいるなんて珍しいじゃないですかー」

 そして憎まれ口を叩きつける。

「っていうか、なんであんたがマツリと此処にいるの!? あんたのせいでマツリはねぇ……!」

「あのなぁ、とりあえず昇降口しょうこうぐちまで歩……」

 メグがいづみに言いかけた瞬間。

「私がメグと一緒に登校するって、約束したから」

 殺伐さつばつとしかけた空気を裂くように、マツリがあっけらかんとそう言った。



「アリエナイアリエナイアリエナイ」

 ぶつぶつぶつぶつ。

「なーに、いづみ、変なオーラだして」

 リョウが笑っていづみの顔を覗き込む。

 昼休みの非常階段。マツリは保健室に用があると言って来ていない。

「マツリ、だいぶ回復して登校してきたじゃん。手の怪我も治ってたし。なにか不満でも??」

「えぇ、大アリですけど何か!」

 ――あらら、荒れてますね。

「だって、メグを忘れるほどヤバイ状態だったのに! なにあれ! なにあれ!」

「あーメグも復活したよね。逆に怪我してたけど」

「も。まじ、アリエナイ!」

 あはは、とリョウが笑った。

「こっちは死ぬほど心配したのにさああっ」

「ま、そういう時もあるよねー」

「……あれこれ真剣に考えてたのに、バカみたい」

 いづみが口を尖らせてすねたので、リョウは笑うのをやめた。

「バカじゃないよ」

 そして優しく微笑みかけた。

「いづみはいい友達だよね。ホント」

「……なによー」

 今度は照れて、いづみも笑った。


 ***


「楓の死体は、国光がきちんと引き取ったよ」

「……そうですか」

「あの工場の血痕けっこんやらなんやらは跡形も残ってないよ。ルミノール反応すら出ないだろうね」

 薄暗い保健室。椎名とマツリが向かい合う。

「学校への根回しも終わった。彼女は急な転勤のため転校したことになってる」

「……はい」

「マツリには、いろいろ辛い思いさせちゃったね。巻き込んでしまった」

「……いいえ」

 首を振る。

「メグのことはだいぶ思い出した?」

 頷く。

「……あの工場で。楓とメグの化け物を見て、だいぶ……。まだ、曖昧な部分もありますけど」

「そう。いいんだよ。ゆっくりで。どうせメグのことだけだ。忘れたまんまでもいいさ」

 マツリはくすっと笑ったが、その笑顔には疲れや小さな悲しみが見えた。

「あの、先生」

 マツリが意を決したように顔を上げる。

「先生は、国光が今何をしようとしてるか、知ってますか」

 椎名は黙った。

「メグだったり、楓だったり、国光が関係してるのは分かったんですけど……。でもどうしてあの二人に国光が介入しているのかが分からなくて。それって、やっぱり……」

「呪われた体の持ち主だからだよ」

 断言だった。

「言ったことあったっけ」

「……何をですか」

 椎名がソファをギシっといわせた。

「ブラックカルテのこと」

「ブラックカルテ……」

 確か、そんな名前のカルテを椎名が一度だけ口に出した。その時は、医療用語か何かだと思っていた。

「メグのような特異体質の人間のカルテのことだよ」

 特異体質。マツリの頭の中でその言葉が響いた。

「見ただろ? 楓のソレも」

「はい」

 恐ろしい光景だった。この世のものとは思えない化け物だった。けれどそれを『特異体質』と呼ぶことに対して、ひどく違和感を覚えた。あんなものは、非科学的な化け物以外のなにものでもない。

「ああいう、科学的根拠の乏しい変異が体に現われた人間かんじゃのこともまた、『ブラックカルテ』と呼んでいる。そしてそのブラックカルテを研究、管理しているのが国光ってわけだ」

「……管理……?」

 酷く冷たい言葉に聞こえた。それを察したのか、椎名がにこっと笑った。

「メグも世間に出てきてはいるけど、結局国光が一枚んでいるこの学校で管理されている」

「此処が……?」

 国光関係の学校だなんて知らなかった。驚いたというよりも、ショックだった。

「……ねぇマツリ」

「はい?」

「マツリは……――」

 キーンコーン……

 その言葉を遮るように、鐘が鳴り響いた。

「あ、行かなくちゃ」

 マツリは急いで広げていたおにぎりを片付け、小さく会釈し保健室を飛び出した。

「……まぁいいか」

 椎名はため息をつき、頭をかいた。


 タイミングは、ずれるものだ。

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