8
どのくらい泣いたか分からない。
夜が来て暗闇が空を包んだ時、二人は抱きあった腕を解いて、顔を見せ合うことなく立ち上がった。血液はすっかり
そして闇を縫うように、手を繋いでゆっくり工場を出た。雨が降るその夜の町は嘘みたいに静かで、メグの家に着くまで、
「お……おい!」
椎名は驚いて声を上げた。扉を開けるなり血まみれの少年と少女が目の前にいたからだ。椎名は急いで無気力な彼らを部屋に引き入れて戸を閉めた。
「何があった!? 楓は……っ」
椎名は問う。だけど、手を繋いだ彼らはますます俯き、ぴくりとも顔を上げなかった。
「……とりあえずマツリ、すごい体が冷えてるぞ! シャワーあびろ!」
椎名はマツリの肩を抱いて洗面所に彼女を押し込んだ。
「着替えは適当にそこらへんの着とけっ。……メグ!」
そして振り向いてメグを見る。
「今までどこ……――」
「四丁目の廃工場」
メグはポツリと言った。
「あそこで楓が……待ってる。あいつに……連絡してやってくれ」
その言葉で椎名は全てを察した。そして息を一飲みしてから、「分かった」と呟き、携帯で電話をかけだした。メグはそんな椎名の様子を目を細めて見つめ、ずるりと滑り落ちるように座りこんだ。雨で流しきれなかった血がべチャべチャする。気持ち悪さに深いため息をつき、
携帯を切った椎名は、小さく息をついてメグの前に腰をおろした。
「国光はすぐに動くとさ……」
メグは小さく頷いて、俯いたまま問いかける。
「国光がマツリを探してるんだってな……」
「知ってたのか」
椎名は驚いた。なんせ彼自身、そのことを知ったのは今日の昼間だったからだ。
「楓がそう言ってた」
「……そうか。だから楓はマツリにあそこまで執着したんだな……」
メグは沈黙した。寂しげに聞こえてくる雨音と水道の音。それだけが部屋に響く。
「……怪我してるじゃねぇか。メグ」
椎名はメグの右肩の傷を見て、眉根を寄せた。あまりに血まみれでよく見ないと気づけなかったが、化け物に
「あぁ……」
「シャワー入る時、傷口をゆっくり洗ってこい。手当してやるから」
メグは顔を伏せるように頷いた。そして意を決したように、口を開いた。
「……なんで国光はマツリを探してるんだ?」
「それは……」
ギッ。
水道が止まる音に反応し、椎名は言葉を止めた。
「……その話は、後で」
そして声量をかなり落とし、そう言った。
「おぉ」
「俺は明日からマツリにはなるべく関わらない。お前も……――」
ガチャ。
ノブの回る音と共に、完全に会話は止まった。マツリが部屋に戻ってきたのだ。
「……ありがとう」
小さい声でお礼を言うマツリに椎名は頷き、メグをゆっくり起こした。
「よし、じゃあ、お前の番だ。しっかり傷口流せよ。俺は近くの薬局で傷薬と包帯買ってくる。マツリも安静にしてろよ」
二人は同時に頷いて、扉の外へと飛び出していく椎名を見送った。
後から聞いた話。
あの女の子の話。
その日の夜に国光の連中があの廃工場に押し
血の跡は綺麗に流され、何事もなかったかのよう洗われた。
事実の消去。
真実の
――
「ただいまー」
椎名が部屋に戻ってきた。そして二人を見て、呆れ顔でため息をついた。
「……ったく」
少年と少女はしっかりと手を握って眠りに落ちていた。
髪は濡れっぱなしで、メグの体に
「……はー」
椎名はもう一度ため息をついてその場に座りこんだ。
子どもたちの穏やかな寝顔。そこにはもう、苦しそうな表情も、消し去られたような無表情もなかった。
――眠る事でしか苦しみから逃れられない。
眠る事でやっとやっと苦しみを忘れられる。
それは今も昔も変わってない。あの頃から、変わってない。
眼が覚めるまでは穏やかに。眼が覚めるまでは眠らせて。
温かい
第10話 終
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