6
「嫌い……!」
楓が涙を浮かべながら、言葉を
「嫌い嫌い嫌い!!」
叫んだ。次第に大きくなる声は、感情をぶちまけたそれだった。
「アンタも! マツリも!」
楓が髪を振り乱す。赤いリボンが震えた。
「お前が嫌ってんのはあの場所だろ!」
メグも叫ぶ。
「俺が死んだってあの場所は無くならねぇんだよ!」
叫ぶ。
「俺を殺したってお前はミュータントなんだよ!」
叫ぶ。
「俺を殺したって! あいつはどうも思わねぇんだよ!」
メグのその叫びは、どこか必死だった。
「違う!!」
楓も、それは同じだった。
「違う! お父さんはっ……! あんたが死んだら私だけのものになるもの!」
「くれてやるよ! あんなやつ!」
「あんたが死んだらお父さんも喜ぶもの!」
「……っ!」
一瞬メグの表情が歪む。
「あんたが死んだら……っ! あんたが!!!」
楓はもう、ほとんど泣いていた。彼女が取り乱し叫ぶたびに、彼女の化け物が揺れた。
「俺はそうでも、マツリは関係ねぇだろ!」
「違う!」
楓の声がひっくり返る。マツリはびくっとして楓を見た。
「
「あぁ!?」
保健医が、絵? 何の話だ? メグは理解に苦しんだ。
「お父さんだって! お父さんだってマツリを探してるもの!」
「……んだと……?」
メグの顔色が変わった。
「マツリが死んだら私だけを見てくれるの! 皆が私だけを見てくれるのよ!」
うすら笑って楓が叫ぶ。その顔に、ついに涙が零れた。
「でも……」
綺麗な声が静かに、けれど、激情を切り裂いて響いた。
ゆっくりと、メグも楓もその声の主――マツリのほうに振り返る。
「でも、楓は自分が好きなの?」
マツリが眼を丸く開いたまま、じっと彼女を見て、訊いた。
絶望的な沈黙が広がる。乾いた隙間風と、じめじめした床。落ちたままの血。そのすべてが、時を止めていた。
「どうして楓は、自分を……好きでいられるの?」
マツリがもう一度、ゆっくりと訊いた。その顔に表情はない。
「……マ」
メグが何か言いかけた時。
「……ッ……ちが……」
不意に楓の声がひっくり返る。メグは驚いて楓を見た。その様子は
「うぅ……うる……、うるさ……い、ぃ―――」
唸るような声。それに呼応するように、楓の化け物もぶるぶる震えて、もがきだした。メグはこの異様な空気に声を失う。
「だってあなたは」
マツリはその様子に気づかない様子で続けた。
「やめろ……っ!」
声を絞り出す楓の首筋に大粒の汗が滲む。それでもマツリは止まらなかった。
「誰かに嫌われてその化け物を出すんでしょう?」
「うるさい……っ!」
楓が耳を塞いだ。それでも、マツリはまっすぐに楓を見る。
「誰かに嫌われてる自分をどうして好きでいられるの?」
――だって、私は私を憎んだもの。
マツリの瞳は一切ぶれない。それは純粋な疑問だったのだ。楓はついに頭を抱えるようにして目を伏せた。そんな彼女の後ろで、禍々しい化け物が異常に揺れている。ソイツが放つ気持ちの悪い光が、楓の髪を透かす。
すると、口元を歪めた楓が突然、耳を
「――ッうわあああああああああああああああああああああ!」
楓の絶叫にマツリはびくりと肩を揺らした。叫んだ彼女の目から涙が散り落ちる。
「嫌だ、嫌いっ……嫌われるの……、イヤ……っ……お、とおさ……―――」
言葉がまとまらず、取り乱す。彼女はもはや正気を失っていた。メグも楓の急変にどうしたらいいのか分からず、動揺を隠せなかった。
「嫌い……!!」
彼女の感情が、爆発する。
「私なんか嫌い……! もう、嫌い!!!」
凄い声だった。
そう、叫んだ瞬間だった。
「…………え?」
ぐらり、ぐらりと楓の化け物が大きく左右に揺れだした。メグはとっさに構えたが、ソレは彼の方へは来なかった。
ぐらり、ぐらり。揺れ動く。
「待て、そっちは……」
ぐらり。
「やめろッ!」
メグが、叫んだ。
マツリは、眼を見開いた。
――走り出したのが見えた。
だけど、白い影で、赤い血で、何も見えなくなっちゃったんだ。
高い絶叫しか、もう思い出せない。
鈍い音が、体に突き刺さったような感覚しか残ってない。
また、血を
今度もまた。私のものではない血を、此処で。
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