5
「はー……」
椎名がため息をついた。メグの広い部屋を見渡しながら。
「……つまんねぇ家だな」
酒もなければ、エロ本ひとつ置いていない。あるのは必要最低限の物だけだった。
「金には困ってないだろうに……」
椎名がそう
「はい」
立ち上がってタバコを携帯灰皿にねじ込む。
「いいえ。……えぇ」
何気なく窓の方へ寄った。窓からは住宅街が見えた。しけた町だ。
「今ですか。……家ですよ。えぇ、ちょっと」
平然と嘘をつき、椎名はくしゃりと髪をかき上げた。
「……
嘘を繰り返しながら、椎名はどんどん眉間にしわを寄せ集めていった。
「えぇ。もちろん。調べることはできますが、彼女が何か……?」
曇天。午前の空にしちゃあ、暗すぎる。
***
同刻。廃工場の空気はシンと固まっていた。三人が三人息を飲んでいた。
「………なっなんで!」
楓が顔を歪めて、納得のいかない現象の理由を問う。
ついさっき、大きく開かれた化け物の口は確かにメグに噛みついた。だけどそこに血の花は咲かなかった。それどころか、メグは無傷だった。
「……はッ。賭けた甲斐があったぜ……ッ」
メグは少し歪んだ表情で化け物を見上げて笑った。そして左手をググッと押し上げる。楓の化け物が噛みついた、メグの左手の化け物ごと。
化け物たちはユラユラ揺れ続け、
「どういうことよそれ……ッ」
楓が叫ぶ。化け物と化け物がまるで物理的に接触できるなど、聞いていない。これじゃあメグの化け物は、メグの左手を守るために楓の化け物に噛みつかれているみたいじゃないか。
しかし、メグとてこうなることに確信があったわけではない。
「知らねぇよ! こいつらに聞け!」
メグが叫んだ。その瞬間だった。
「ブオオオオオオオオオオォォォォォォォオォォオオオォオオォオォオオォォ!」
「……!?」
突然、メグの化け物が凄まじい声で叫びだした。この世のものとは思えないような
「……っ」
マツリはとっさに左手で肩を抱いた。全身が
「オぉぉォぉおおオお………――!」
叫びは空気を揺らし、左手の化け物は真っ赤な口をさらに大きく開いた。
「うっお!」
ボッ!
突然、破裂音とともに今度はメグの化け物が勢いよく飛び出し、楓の化け物の腕を噛み切った。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ……!」
同時にソイツの醜い叫びが響く。
いよいよマツリは耳を
「なっ……! なんで!?」
楓が
「知らねぇッつってんだろ!」
メグは左手を乱暴に自分の胸の前に戻し、楓の化け物を押し返すと、体制を整えた。
「俺への嫌がらせだかなんだか知らねぇけどなぁ……! マツリに手ぇ出すんじゃねぇよ!!」
「……!」
マツリはズクンと心臓が唸ったのを感じた。知らないはずの男の子が、自分のために怒っている。自分のために血を流している。その姿に、思うところがないはずがなかった。
――本当に、知らない男の子なのだろうか?
マツリは眼を見開いた。一瞬、ぐわっと心をえぐる記憶がフラッシュバックする変な錯覚に陥って、その
そしてその瞬間、ストンとその結論が、マツリの心の奥に落ちてきた。
――そうだ、これは『感情を食べる化け物』だ。
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