非現実的な化け物の出現にマツリの体がこわばる。デジャブだ。こいつを知ってる。そう直感した体が、無意識に震えた。

 一方で楓は意外そうにメグの化け物を見つめた。その瞳に恐怖は微塵みじんも映ってはいない。

「……マツリから離れろ」

「へー……」

 楓は再びニタリと笑った。その間、メグはマツリを一回たりとも見ようとしなかったが、マツリは瞬きも忘れてメグの顔を見続けていた。

「じゃあさ、メグ。賭けてよ」

 楓が高い声でささやく。

「……?」

「メグが私に負けたら、メグの左手でマツリを殺しなさいよ」

「……はぁ?」

 メグの眉間に深いしわがよる。

 嫌悪。嫌悪。嫌悪。それだけが、空気を染める。

「あんたなんか、大ッ嫌い」

「……俺もだ」

 恐ろしい殺気を放って睨むメグとは対照的に、楓の笑った顔が怖かった。

「あっち行ってろマツリ」

 マツリの方をちらりとも見ずにメグが言うと、彼女はずるりと体を引きずって立ち上がった。そして、言われた通りにぐらぐらする頭を抑えつけながら楓から離れ、あの世界の端っこにすがるように座りこんだ。

 その瞬間、楓の化け物が現われた。


 ボッ!!! 


「ッ!」

 マツリは眼を見開いて絶句した。

 眼に映ったのは、白い『人』。頭に身体、手と足がある。けれど、それは人ならざるものだった。つぶれた眼に真っ赤な口を携えて唐突に発現した『化け物』だった。


「ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」


「……!」

 楓の化け物とメグの化け物。突然二つの化け物が向き合って叫んだ。その共鳴が、マツリの体を駆ける。


 ずる……


 楓の化け物がメグのほうに向かってゆっくりと動き出した。まるで足首から下がもげていて、歩く度に激しい痛みに襲われているかのように、呻きながら足をすり、ゆっくりとメグに近寄った。

 それはどう見ても、おぞましい化け物の進行だった。

 ゆっくり、ぐわっと口を開く。赤い口内に揃った白い牙が映える、『嫌悪』を食べるその口は、ほとんど身体ごと倒れてくる形でメグに襲いかかった。

「うお!」

 メグが飛んで避ける。だが、すかさず化け物の手がメグの方へと伸びた。

「食べちゃえ!」

 楓が叫ぶ。その瞬間、伸びてきた化け物の手から突然新たな口が発生し、禍々まがまがしい牙をむいた。

「うっ!」

 よけ切れない。

 ――ブシュ!

 嫌な音がした。

「っあ!!」

 赤い血が舞った。マツリの眼が見開かれ、表情が歪む。いびつな化け物がメグの右肩に噛みついたのだ。

「くっ……!」

 メグは噛みつかれたその肩を思いっきり引き抜いた。反動で皮膚が破れて、さらに血が噴き出す。赤い斑点はんてんが床に沁み込んでいく。

「いってぇな……!」

 メグは強がった笑顔を保っていたが、額には汗が噴き出していた。

「あははっ!」

 楓が笑った。心底楽しそうに。

「……メ……ッ――」

 マツリは思わずメグの名前を呼びかけた。

 けれど「メグ」と言い切ると、また頭がぐらつく予感がして、最後まで言えなかった。

「大人しくアイツの所に帰れ!」

 メグが吠えた。

「そんな状況でよく命令できるわね!」

 楓も叫ぶ。顔は笑ったまま。


 ボォ……!


 いっそう激しく、燃えるように化け物が揺れた。

「食べてあげる。その嫌悪も……」

 まるで指示を出すように、楓がばっと手を振り回す。

「アンタもッ!!!」

「ブォオォォ……!」

 化け物が楓の言葉に呼応するように勢いよく迫りくる。メグは避けようと後ずさりをしたが、非情にも後ろはもう壁だった。

「……ッ」

 逃げ切れない。

 ぐわりと化け物の真っ赤な口が開き、メグの顔に白い影がかかる。


 マツリは思わず頭を掴んでいた手を離した。

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