とある放課後、美術室で少女が壁の絵を見上げて呟いた

「やっぱり、この絵……」

 そして勢いよく部屋を飛び出し、保健室へと向かった。


アズサ!」

 保健室の戸が乱暴に開かれた。

「んー」

 椎名が書類を束ねながら、気のない返事を返す。生徒が乱暴に保健室に飛び込んでくることに、最近慣れてしまったようだ。

「梓っ、梓なんでしょ! あの絵描いたの!」

「なんの絵ー?」

 そっけない。それでも少女は噛みつく。

「美術室の! 美術室の絵! マツリのやつ……!」

「……あぁ」

 椎名はカバンにそれらの書類をつめながら、ようやっと少女のほうを見た。

「……つか、お前。なんでマツリのこと知ってるんだ?」

「ッ……」

 少女はぎくりと体を強張こわばらせる。

「……楓」

 椎名が目を細めた。そして、察した。

 ――マツリを追い詰めたのは、メグだけじゃない。メグの彼女と噂されていたマツリを、楓が追い詰めたのだ。

「お前ちょっとやりすぎだろ」

 楓はぎゅうっと眉間にしわを寄せて、可愛い顔で椎名を小さく睨んだ。バツが悪い、そういう顔だ。

「メグを恨んで殺しても、何も変わんないよ」

「そんなんじゃないっ!」

「どんなだよ」

「……っ」

 椎名の声にはかすかに怒気どきが含まれており、楓は怯んだ。

「メグを殺したって、お前のお父さまは、お前だけを見ることはないよ」

 椎名は今にも逃げ出してしまいそうな楓を見つめて離さない。

「あの場所は、メグが消えても消えないよ、楓」

「……っうるさい!」

 少女はばっと耳を塞いだ。

「……楓……」

 椎名が立ち上がり楓に近寄った。これ以上は追い詰められない。少しの反省と共に手を差し出す。しかし楓は顔を上げずに、小さな声で呟いた。

「……じゃあ」

「……?」

「マツリを殺せば、梓は私を見てくれる?」

「……かえ……」

 ぞっとした。その高い声は、明らかに冷気を帯びている。背筋を撫で、凍らせるような。

「私だけに絵を描いてくれるっ?」

「楓……っ」

 椎名が楓の肩を掴むと、楓は顔を上げて笑顔で椎名を見上げた。

「マツリが死んだら、メグだって、死んでくれる!?」

「楓!」

 大きくなる楓の声に、椎名もほとんど叫んでいた。けれど、楓にはその声は届いていないようだった。

「あははっ……っあははははは……っ!!」

 ついに楓は壊れたように笑い出した。

 その目に零れる涙。歪んだ表情。


 楓は完全に、壊れていた。

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