5
とある放課後、美術室で少女が壁の絵を見上げて呟いた
「やっぱり、この絵……」
そして勢いよく部屋を飛び出し、保健室へと向かった。
「
保健室の戸が乱暴に開かれた。
「んー」
椎名が書類を束ねながら、気のない返事を返す。生徒が乱暴に保健室に飛び込んでくることに、最近慣れてしまったようだ。
「梓っ、梓なんでしょ! あの絵描いたの!」
「なんの絵ー?」
そっけない。それでも少女は噛みつく。
「美術室の! 美術室の絵! マツリのやつ……!」
「……あぁ」
椎名はカバンにそれらの書類をつめながら、ようやっと少女のほうを見た。
「……つか、お前。なんでマツリのこと知ってるんだ?」
「ッ……」
少女はぎくりと体を
「……楓」
椎名が目を細めた。そして、察した。
――マツリを追い詰めたのは、メグだけじゃない。メグの彼女と噂されていたマツリを、楓が追い詰めたのだ。
「お前ちょっとやりすぎだろ」
楓はぎゅうっと眉間にしわを寄せて、可愛い顔で椎名を小さく睨んだ。バツが悪い、そういう顔だ。
「メグを恨んで殺しても、何も変わんないよ」
「そんなんじゃないっ!」
「どんなだよ」
「……っ」
椎名の声には
「メグを殺したって、お前のお父さまは、お前だけを見ることはないよ」
椎名は今にも逃げ出してしまいそうな楓を見つめて離さない。
「あの場所は、メグが消えても消えないよ、楓」
「……っうるさい!」
少女はばっと耳を塞いだ。
「……楓……」
椎名が立ち上がり楓に近寄った。これ以上は追い詰められない。少しの反省と共に手を差し出す。しかし楓は顔を上げずに、小さな声で呟いた。
「……じゃあ」
「……?」
「マツリを殺せば、梓は私を見てくれる?」
「……かえ……」
ぞっとした。その高い声は、明らかに冷気を帯びている。背筋を撫で、凍らせるような。
「私だけに絵を描いてくれるっ?」
「楓……っ」
椎名が楓の肩を掴むと、楓は顔を上げて笑顔で椎名を見上げた。
「マツリが死んだら、メグだって、死んでくれる!?」
「楓!」
大きくなる楓の声に、椎名もほとんど叫んでいた。けれど、楓にはその声は届いていないようだった。
「あははっ……っあははははは……っ!!」
ついに楓は壊れたように笑い出した。
その目に零れる涙。歪んだ表情。
楓は完全に、壊れていた。
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