マツリやメグだけでなく、朝比奈 楓アサヒナ カエデも学校に来なくなった。そのことに不気味さを感じずにはいられない生徒は、この学校で二人だけ。

「……マツリも学校来ないままだし、メグもいないし」

 体育館裏。いづみはリョウと一緒に昼ご飯を食べながら呟いた。

「おまけに噂の転校生も来なくなったみたいだよー」

 リョウががらにもなくため息をついた。

「一体どうなっちゃうんだろうねぇ。これから」

「……そうね」

 いづみは顔をしかめたが、どうすることもできないという現実になぶられ、静かに目を閉じた。


 夏休みは、もう、目前。


「はぁ」

 同刻。一方で、辛気臭しんきくさいため息をついた男がひとり。保健室のソファに身を沈めながら、ぼんやりとタブレットの画面を見つめていた。

 ――楓はあの場所に強制的に連れ帰られた。

 それが、あの少女の願望の正反対の状態であることは分かっている。だが、椎名にはどうすることもできなかった。権限的にも、人間的にも。

大蕗オオフキ、……大蕗……マツリ……」

 キーボードをタップしてマツリの名前を検索する。珍しくかけた眼鏡に光がはねる。

「……やっぱ……ねぇな」

 ない。

 ――学校に住所も連絡先も、なんの個人情報もない。

 マツリが過去の事件や特殊な事情によって、保護プログラム下の生徒である可能性はあった。けれど、そう言った生徒でも、情報が一切ないということはない。厳重なセキュリティ下に置かれているだけで、実際には学校側で管理されているはずだ。

 けれど、どこをどう探してもファイル自体が存在しなかった。国光の特権を乱用して探してもノーデータ。

 おかしい。奇妙な話だ。ありえない話だ。

 不手際フテギワか? とも考えたが、学校の一教師ですら、マツリの情報が存在しないことを知っていた。それならばなぜマツリに書類の再提出を求めないのか。

 答はひとつだ。

 マツリに『存在しないこと』が許されている。国光レベルの権力で保護されているのだ。

「大蕗。…………大蕗?」

 ひっかかった。

 どこかで聞いたことがあるような気がした。今更だが、脳裏のうりに強烈な既視感きしかんを覚えた。

「……どこだ……?」

 椎名があごもとに触れて考え込んだ。その瞬間、固定電話の着信音が鳴り響いた。


 プルルルルルル! プルルルル!


「!」

 ――なんだ、一応動くのかこの固定電話。

 今まで一度も鳴ることがなかったので、驚いてしまった。

 少し躊躇ためらったが、なかなか鳴りやまないため椎名はしぶしぶ受話器を取った。

「はい。……はい。なんだ……あなたですか」

 それは、国光――自分を管理する組織からの電話だった。

「珍しいですね、電話してくるなんて。何かあっ……えっ!」

 立ち上がる。


「楓が逃げた……ッ!?」


 ***


「……メグ……」

 窓の外の外灯がいとうだけが差し込む薄暗い自室で、マツリが呟いた。

 頭に確かに何かがひっかかり、肩を抱く。

 ――本当は、なんとなく思い出しかけている。何かを見ないふりしていることに、気づいている。

 けれど、きちんと輪郭りんかくをなぞって思い出そうとすると、頭が割れそうになるのだ。

「あれ……」

 ぽつっと零れた。

「……なんでだろ」

 それは、涙だった。


 ――思い出したくないのはなぜ?

 あの落下の感覚を、もう、味わいたくない。



 摩天楼まてんろうも、月に飲み込まれそうな月夜だった。

 これから起こる大きな衝撃に、波を打つ。

 そんなあの日を、覚えてる。


 第9話 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る