メグは本当に呪われているのか?

 その質問は、あまりに唐突。椎名は微笑みを崩さず首を傾げた。

「……どうして?」

「呪われた手の噂、聞いたことありますか……?」

「ま、それなりに」

 椎名はにこっと笑った。

 ――胡散臭うさんくさいんだよこの保健医。

 いづみは目を細める。

「私、今日、屋上で白い大きな影見ました」

 椎名が笑顔を消した。

「それ、もしかして、メグだったのかもしれない」

「…………」

 明らかに変わった椎名の目の色を、リョウは腕を頭の後ろに回したまま無言で見つめる。

「呪われた手で触れられたら、よく分からないけれどみんな傷ついてしまうって言われてる。それが、マツリを傷つけてしまったんじゃないのかな……」

 いづみが独り言のようにそう言うと、椎名は笑った。

「オカルト、だね」

「……」

 いづみは黙る。それは正論だからだ。馬鹿なことを言っているって分かっていた。


「知ってるんでしょ先生」


 言葉が、二人の空気をくように差し込まれた。椎名といづみがリョウに振り返る。赤信号が三人を照らす。

「……何を?」

 椎名は笑ったまま、首を傾げた。

「知ってるんでしょ、先生。メグのその白い影のこともさぁ」

 ギシッ……

 リョウが長い腕をほどき、前の座席のシートにぎゅうっとのしかかって椎名を見つめる。鋭い視線で撫でるように。

「マツリのことも。メグのその、手のこともさ」

 美人がすごむ。それは、迫力のある言葉だった。

 椎名がごくりと、わずかに息を飲む。そしてその一瞬のひるみを認め、「はぁ」とため息をついた。そして、真面目な顔をして語り始める。

「『呪われた手』っていうのはね。メグの手の中の化け物のことだよ」

「……ば、けもの?」

 いづみが言葉を疑う。しかしリョウは表情一つ変えず、保健医の言葉を待った。

「例え話……くらいに取ってもらってもいいよ。そもそも深くは言えないしね。極秘事項だから」

「国光の?」

 リョウがすかさず問うと、椎名は一瞬驚いたが、すぐに無言で胡散臭い笑顔を作った。

「マツリがおかしくなったのは、国光の男が転入生の入学手続きに来た日から。うちの学校でのメグの特別扱いを見ても、メグが国光と関わりがあるのは明白じゃん」

 なに、それ、という顔でいづみはリョウを見た。いきなりスケールの大きな話になった。――国光? そんな組織と、メグが噛んでいる? 全然想像できない。

「さぁねぇ」

 椎名ははぐらかすように笑ったが、言葉を続けた。

「ただ。呪われた人間に関わった人は、みんな、壊れてしまうんだよ」

「……壊れる……って……」

 ぞっとした。いづみは顔をしかめ、ミラー越しの椎名の瞳を見つめた。

「メグは、いろんなものを……一番壊してきた人間だけど」

 いづみの瞳から目を逸らし、椎名は信号を睨む。

「メグがそれを壊そうと思って壊したかは、また、別の話だ」

 青。車が発信する。

「……誰を、壊したんですか……。メグは」

 聞くのが怖かった。けれど、聞かざるを得なかった。

「みんなって、誰……?」

 椎名はゆっくり息を吸って、吐き出すように答えた。

「家族だよ」

「かぞ……く?」

「メグは、一番初めに、自分の家族を壊してしまった」

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