2
「下校時刻、過ぎてるよ。高橋さん」
勢いよく叩かれた保健室のドアを
「今の……状態のマツリのこと、知ってるのは……先生だけだから」
いづみは息を切らしていた。
「……買いかぶりだよ」
椎名ははぐらかすようにそう言ったが、それでもいづみは椎名を睨むように見上げ続けた。彼女の眼にはぎりぎり溢れないくらいの涙が溜まっていた。
「……マツリを助けて」
「え?」
「マツリを
声を震わせたいづみの後ろにリョウ、それからマツリがいることに気づき、椎名は静かな声で「入って」と言うと、彼女たちを保健室へ招き入れた。
マツリを座らせ見つめ合うこと数十秒。椎名はため息をついた。
「……これは。やっぱり買いかぶりだよ、高橋さん」
そしてマツリの背後に立ついづみを見上げて渋い顔をした。
だって、ここまでやつれたマツリを椎名は想像できていなかった。メグから聞いた話だと、態度や表情は普段と変わりなく、ぽっかりとメグのことだけを忘れてしまったに過ぎなかった。それだけでも、過ぎた話ではあるのだけれど。
「……マツリ」
マツリはじっと椎名を見上げた。
「手、見してみろ」
マツリは言われた通りに、すっと手を差し出した。
「……痛まないのか?」
「どうして?」
――正気なのだろうか。
いづみがマツリの手を見つめて、顔を小さく歪めた。
マツリの右手には、まるでぎざぎざのプラスチックで切り裂いたような、
「マツリ……学校休んで、何してたんだ?」
「……覚えて、ません」
いづみとリョウは目を見合わせた。
「どうして制服を着て、バス停に?」
「……学校に、行こうと思ったから。……でも、どうしてあそこに座ってたか、覚えてない……です」
マツリが少しずつ、声を絞り出すように言った。
「……今日、メグとは会った?」
ぎしっと空気が張りつめた。その数秒間、嫌な緊張が走っていた。
「どうして?」
マツリのか細い声が、保健室の沈黙を破る。
「私、メグなんて人のこと、知らない……」
されど、脳が揺れた。
***
マツリの右手の手当てをした後、椎名が車でマツリといづみ、リョウをそれぞれの家まで送ることになった。
「……此処です」
南町。マツリが家の前でそう言うと、椎名は車を止めた。
「右手、痛まない?」
椎名が問うとマツリは少しだけ右手の包帯を見つめ、小さく頷いた。
「少しだけ、痛くなってきました」
「……傷に気付いたら、痛くなることもあるからね。あんまり気にしなくていい」
マツリは頷き、車の扉を開けた。
「マツリ」
いづみが声をかける。
「無理しないでいいから、怪我が治ったらまた学校で会おうね」
「お大事にー」
リョウもひらりと手を振った。
「……うん」
マツリは鈍い返答をして小さく手を振り、家の中へ入っていく。玄関の戸が閉まるのを見送ると、残された三人は深いため息をついた。
「つまり、忘れちゃったのはメグだけ」
椎名はアクセルを踏みながら、小さい声で二人へと告げる。
「だから君達は安心していいよ。そのうちマツリも学校に来るさ」
俯いて目線を上げないいづみと、腕を頭の後ろに回し、よそを向いているリョウ。そんな二人を見て、椎名は短く笑った。
「納得いかなさそうだねー」
「……はい」
いづみが小声で返す。
「ま、あたり前だよねー」
椎名がバックミラーごしに苦笑いをする。
「うーん。あんまり深く話せないんだけどね。守秘義務ってのがあってさ」
いづみは沈黙した。義務とは、何に対してのものだろう、と考えながら。
「それでも言えることは、マツリはメグ、もしくはメグに関わる何かによって極度の精神的負荷をかけられ、一時的に記憶を失ったんだろうという憶測だけ」
二人はしばらくの間、相変わらず黙り込んでいた。
「……先生」
ようやく、いづみが口を開く。
「ん?」
「メグって、本当に呪われてるんですか」
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