第9話:人は壊れるものなので
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ねぇ。マツリを、壊さないで。
午後五時。まだ明るい初夏の
「よっ!」
「!」
校門に差し掛かった時、いきなり後ろから背中を叩かれた。いづみは肩をびくつかせて振り返る。
「っり……リョウ!」
「久しぶりーっ」
きらきらとした髪を弾ませて彼女はにこっと笑った。相変わらず、美人だ。
「ねぇ、マツリは?」
リョウは単刀直入に
「……こんな時間にいないわよ。帰宅部だし」
問いの本質に気づきながら、いづみははぐらかした。
「うん。来てないよね? ここんとこ」
「……うん」
いづみは顔をしかめて頷いた。
「だよね。ずっと
そういう気づき方なのか。いづみは少しだけ感心したが、すぐに小さく首を振った。
「連絡も来ないの」
「連絡したの?」
頷く。
「多分……何かあったんだよ」
いづみが泣きそうな顔をした。
「何かって……?」
「わかんない……けど」
「けど?」
「……椎名先生は、メグがマツリを壊してしまったんだって……」
リョウは少しだけ目を丸くして、それから苦笑いした。
「それはまた、大げさで曖昧な言い回しだね? ただ、いづみを怖がらせようとしたみたいな」
「……そうかも。なんか、『君のことは忘れてないよ』みたいなこと言ってたんだよね」
「誰かのことは忘れちゃったんだ」
今度はいづみが目を丸くした。
「……あぁ、そういうことか……」
「多分ね」
リョウは微笑んだ。
二人はしばらく沈黙したまま帰り道を歩いたが、いづみが意を決したような顔をしてぽつりとつぶやく。
「今日……屋上で変なもの見た」
「変……?」
「白い影……みたいなの」
「影なのに、白いの?」
「……うまく言えない。煙っぽかったかも……。でも、いつもマツリがいた屋上にそんな得体の知れないものが居たってことが、私はすごく怖い」
沈黙。なんと答えていいか見極めかねていたリョウは、ふと前方を見て足を止めた。
「……あ、あれ」
「え?」
指をさす。前方のバス停のベンチに、彼女が座っていた。
「マツリじゃん。って、いづみ……!」
その姿を捉えた瞬間、いづみは走り出していた。凄まじいスタートダッシュだった。
「マツリ!!」
いづみの声を聞いて、呆然とベンチに座っていた彼女のまつ毛がかすかに揺れる。そしてゆっくりと顔を上げ、いづみのほうを見やった。
「……っ」
その眼に突き刺されたいづみはぎくりとして足を止める。リョウはへらっと笑いながら二人に近づき、マツリに手を振った。
「やー、マツリ。久しぶりじゃない?」
「リョウ……」
マツリがリョウを見つめ名前を呼ぶとリョウもまた足を止め、柔らかく微笑み続けた。そして優しく問う。
「……何してるの? こんなところで」
マツリはその質問に対して考え込むようにリョウから視線を離すと、数秒遠くを見つめた。
「何してたんだっけ……」
答えは見つからなかったみたいだった。制服を着ているところを見ると、学校に来ようとしていたのはなんとなく分かった。けれど、どうしてそうしようと思ったのか、理解できていないようだった。
「どうしたの、マツリ……」
いづみが声を震わせながら一歩マツリに近づいた。そんないづみの様子を、マツリは首を傾げて見上げた。
「……顔色……、最悪だよ」
マツリはその言葉の意味が
「どうしたの、その手……」
いづみが震える手で、マツリに手を伸ばす。
「手?」
マツリはますます首を傾げる。
――見えていないんだろうか。
リョウは目を細めた。
いづみは今にも泣きだしそうな顔をしてマツリの頭を思いっきり抱きしめた。
「……いづみ?」
きつく抱きしめられたその隙間から、問う。けれどいづみは何も答えず、ただただ彼女を抱きしめ続けた。
いづみは泣いていた。
マツリの右手の甲からあふれる血液を、直視することができないまま。
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