「……マ……ッ。マツリが休み……っ!?」

 いづみは思わず声をあげた。一限が始まってもマツリが来ないのだ。どんなにサボってたって、朝は必ず来るのに。いづみはこの異常事態に、速攻メッセを送信する。女子高生らしく、携帯の早打ちはお手の物だった。

 けれど、その返信はいくら待っても返ってはこなかった。


 同日の昼休み。メグは楓を探して学校中をうろついていた。

「楓……楓……楓ぇ?」

 ――上の名前で教えろよあのウスラトンカチ!

 心の中で悪態をつきながら、転校生らしき人物を探す。

 そうしていると、マツリ達の教室に差し掛かった。昨日、椎名に「マツリと会ったか」と聞かれたことをふと思い出し、メグは足を止めた。

 ――結局あれは、何を言おうとしたんだろう。

 考え込むように口元に手をやった。その瞬間。

「……あッ!」

「!」

 教室の中のいづみと、目が合った。

 ――お前じゃねぇお前じゃ。

 メグはあからさまにめんどくさそうな顔を見せたが、そんなことはお構いなし。いづみが立ち上がって、メグの所に飛んできた。

「な……んだよ?」

「ちょっと。来なさいよ」

「あ……? ってうわ!!」

 問答無用の拉致。あの非常階段まで、いづみは人の目も気にせず、メグを引きずるようにして連れて行った。


「……んだよ」

 非常階段に着くと、向き合ったいづみがメグを睨んだ。昨日椎名が見せたような鋭さは一切ないが、この顔は確実に怒っている。

「マツリ!」

 ギクッとした。

 ――やっぱりマツリのことかよ。

「マツリ、どうしたのか知ってる?」

「はぁ? 何がだよ」

「あんたでしょ」

「何が」

「マツリとなんかあったでしょ」

「……はあ?」

 何の話か全然見えてこない。心当たりもない。

「マツリに……なんかあったのか?」

「私が聞いてんでしょー!! ……って、知らない、んだ?」

 いづみは急速に怒りをおさめ、驚いたような顔をした。

「知らねぇよ。会ってねぇ」

「…………そっか」

 いづみは殺気立っていた目を伏せた。

「んだよ……マツリがどうかしたのか?」

「……来ないのよ」

 呟く。携帯を取り出して、そこに着信がないことを確かめる。そして、ぎゅうっと眉間にしわを寄せた。

「学校休んでんの」

「……んだよ、それくらいで」

「あの子、休んだことないから。今まで。……それに、最近、絶対なんか、おかしいから」

 いづみはマツリの様子を思い出す。酷い目をして、一切メグの話をしなくなったマツリを。

「ってか! 絶対ソレはあんたのせいでしょおおおおお――!! あんたに会いに行った後からおかしいんだから!!」

 殺気復活。突然掴みかかり、ガックンガックン、メグの胸倉振り回す。

「あぁあ?!」

「殺す!」

「はあああ!?」

 禍々まがまがしい殺気に思わずひるんでしまった。

 ――本当にあのいづみかこの女!?

「タ、タンマ!」

 とりあえず止まれ。

「待ったなし!」

 ――すげぇ、町のギャングでもこんな勢いで来る奴はいねぇ。

「マツリは……っ!」

「!」

 メグが説明しようと声を発すると、いづみはぴたっと手を止めた。とにかく一命はとりとめたらしい。

「……あいつに最後に会ったのは、ちょっと前だよ」

「ちょっと前から、変よ。最後に会った時、何を言ったの?」

「あ?」

「なんか言ったんでしょ。どうせ、あんたが」

「…………」


 思い出す。


 ――気安く俺に触んな! いいから俺に構うなよ!


 伸ばされた手を打ち落として、そう叫んだのを思い出す。

 そして同時に、まさにその瞬間まで、マツリのことなんて全く意識していなかったことにも気づいた。ぞっとする。足元からじわじわと冷えてくる。

「構うなって言った……」

「……ソレだけ?」

「……触んなって」

「うん」

「手を、払った……と、思う……」

「…………そう」

 たどたどしく言葉を吐き出すたび、フラッシュバックのように、その瞬間を鮮明に思い出す。そのたびに、嫌な感情がみぞおちの辺りから湧きだした。

 いづみは眉を寄せて、泣きそうな顔をした。そのたどたどしさに、メグを襲う後悔すら理解できてしまったから。


 ――あの時の、彼女の顔。

 驚いていた。

 同時に、傷ついてた。

 手も目も細い肩も、全部、止まってた。

 当たり前の忠告をしたつもりだった。

 意図だけをかんがみるなら、最善の行いのようにも感じていた。

 けれど、それは、何も知らない彼女にとってどうだっただろう。突然、乱暴に拒絶された彼女にとって。


「……私は」

 いづみが低い声で呟いた。その声でメグの思考の渦が少しぐ。

「私は、その場にいなかったから、ちゃんと状況を知ってるわけじゃないし、正直、あんたたちの関係もよく分かってない。メグがその時どんな思いだったかも、知らない」

 いづみは伏せていた眼を、きっと釣り上げた。

「でも、言ったわよね」

 ――言ったな。

 メグも頷いた。ただし、心の奥で。

「マツリを泣かすようなことしたら、許さないって、言ったわよね。私」


 そう言って苦しそうに睨んだ彼女の優しさが、余計にメグを絞めつけた。



 第7話 終

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