7
「……マ……ッ。マツリが休み……っ!?」
いづみは思わず声をあげた。一限が始まってもマツリが来ないのだ。どんなにサボってたって、朝は必ず来るのに。いづみはこの異常事態に、速攻メッセを送信する。女子高生らしく、携帯の早打ちはお手の物だった。
けれど、その返信はいくら待っても返ってはこなかった。
同日の昼休み。メグは楓を探して学校中をうろついていた。
「楓……楓……楓ぇ?」
――上の名前で教えろよあのウスラトンカチ!
心の中で悪態をつきながら、転校生らしき人物を探す。
そうしていると、マツリ達の教室に差し掛かった。昨日、椎名に「マツリと会ったか」と聞かれたことをふと思い出し、メグは足を止めた。
――結局あれは、何を言おうとしたんだろう。
考え込むように口元に手をやった。その瞬間。
「……あッ!」
「!」
教室の中のいづみと、目が合った。
――お前じゃねぇお前じゃ。
メグはあからさまにめんどくさそうな顔を見せたが、そんなことはお構いなし。いづみが立ち上がって、メグの所に飛んできた。
「な……んだよ?」
「ちょっと。来なさいよ」
「あ……? ってうわ!!」
問答無用の拉致。あの非常階段まで、いづみは人の目も気にせず、メグを引きずるようにして連れて行った。
「……んだよ」
非常階段に着くと、向き合ったいづみがメグを睨んだ。昨日椎名が見せたような鋭さは一切ないが、この顔は確実に怒っている。
「マツリ!」
ギクッとした。
――やっぱりマツリのことかよ。
「マツリ、どうしたのか知ってる?」
「はぁ? 何がだよ」
「あんたでしょ」
「何が」
「マツリとなんかあったでしょ」
「……はあ?」
何の話か全然見えてこない。心当たりもない。
「マツリに……なんかあったのか?」
「私が聞いてんでしょー!! ……って、知らない、んだ?」
いづみは急速に怒りをおさめ、驚いたような顔をした。
「知らねぇよ。会ってねぇ」
「…………そっか」
いづみは殺気立っていた目を伏せた。
「んだよ……マツリがどうかしたのか?」
「……来ないのよ」
呟く。携帯を取り出して、そこに着信がないことを確かめる。そして、ぎゅうっと眉間にしわを寄せた。
「学校休んでんの」
「……んだよ、それくらいで」
「あの子、休んだことないから。今まで。……それに、最近、絶対なんか、おかしいから」
いづみはマツリの様子を思い出す。酷い目をして、一切メグの話をしなくなったマツリを。
「ってか! 絶対ソレはあんたのせいでしょおおおおお――!! あんたに会いに行った後からおかしいんだから!!」
殺気復活。突然掴みかかり、ガックンガックン、メグの胸倉振り回す。
「あぁあ?!」
「殺す!」
「はあああ!?」
――本当にあのいづみかこの女!?
「タ、タンマ!」
とりあえず止まれ。
「待ったなし!」
――すげぇ、町のギャングでもこんな勢いで来る奴はいねぇ。
「マツリは……っ!」
「!」
メグが説明しようと声を発すると、いづみはぴたっと手を止めた。とにかく一命はとりとめたらしい。
「……あいつに最後に会ったのは、ちょっと前だよ」
「ちょっと前から、変よ。最後に会った時、何を言ったの?」
「あ?」
「なんか言ったんでしょ。どうせ、あんたが」
「…………」
思い出す。
――気安く俺に触んな! いいから俺に構うなよ!
伸ばされた手を打ち落として、そう叫んだのを思い出す。
そして同時に、まさにその瞬間まで、マツリのことなんて全く意識していなかったことにも気づいた。ぞっとする。足元からじわじわと冷えてくる。
「構うなって言った……」
「……ソレだけ?」
「……触んなって」
「うん」
「手を、払った……と、思う……」
「…………そう」
たどたどしく言葉を吐き出すたび、フラッシュバックのように、その瞬間を鮮明に思い出す。そのたびに、嫌な感情がみぞおちの辺りから湧きだした。
いづみは眉を寄せて、泣きそうな顔をした。そのたどたどしさに、メグを襲う後悔すら理解できてしまったから。
――あの時の、彼女の顔。
驚いていた。
同時に、傷ついてた。
手も目も細い肩も、全部、止まってた。
当たり前の忠告をしたつもりだった。
意図だけを
けれど、それは、何も知らない彼女にとってどうだっただろう。突然、乱暴に拒絶された彼女にとって。
「……私は」
いづみが低い声で呟いた。その声でメグの思考の渦が少し
「私は、その場にいなかったから、ちゃんと状況を知ってるわけじゃないし、正直、あんたたちの関係もよく分かってない。メグがその時どんな思いだったかも、知らない」
いづみは伏せていた眼を、きっと釣り上げた。
「でも、言ったわよね」
――言ったな。
メグも頷いた。ただし、心の奥で。
「マツリを泣かすようなことしたら、許さないって、言ったわよね。私」
そう言って苦しそうに睨んだ彼女の優しさが、余計にメグを絞めつけた。
第7話 終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます