「なんか用かー」

 呼んでもいない客に対し、お決まりのバーボンを片手に彼は呟いた。

「……用がなきゃ来ちゃいけねぇのか」

「用件があるから来たんだろ」

 客、もといメグは顔をしかめた。椎名はそっけなく髪をかき上げメグの言葉を待ったが、なかなか言葉を紡がないメグにしびれを切らしてため息をついた。

「お前マツリに会った?」

「なんでだよ」

「んーいや、いいや。会ってないなら」

 メグは首を傾げた。

「そんなことより、別のことで頭いっぱいみたいだしな」

 それは今のメグを見透かした言葉だった。

 椎名は空になったグラスを机に置き、足を組んだ。白衣がゆらりとなびく。

「で? お前の話は?」

 少し鋭い目つきでメグを見る。メグは躊躇ためらったように椎名から目を逸らし、重い口を開いた。

「……この間、国光が来ただろ。あいつら……何しに来やがったんだ」

「俺に聞く?」

 椎名は少し困ったように笑う。

「当たり前だろ」

 メグは睨むようにそんな椎名を見据えた。

「お前が国光に噛んでねぇわけねえ。そうじゃねぇと言われたって、そんなの胡散臭うさんくさくて信じられるか?」

「あーまぁね」

椎名 風弥シイナ カザヤ。てめぇの父親だろ」

「あー、まぁね」

 椎名はあからさまに不愉快そうに苦笑いをしたのだが、俯いたメグはその表情には気付かない。

「……あいつ……――あの男。なんでわざわざ学校になんか……」

 メグの拳が震えている。

カエデだよ」

「……楓?」

「知らない? 転入生」

 知るわけない。そんなこと。メグは眉を複雑に寄せた。

「ま、学校に来ない不良は知らないか。国光がらみのね、女の子が転校してきたんだよ」

「……それ――」

「その手続き」

「だからって、なんでアイツがそんなことためだけに……ッ!」

 憎しみにも似た感情が、声を荒らげたメグの瞳に灯った。

「さぁー?」

 椎名はそんな炎を見て見ぬふりをし、まるでからかうように意地悪くんだ。

「息子の顔でも拝みにきたんじゃないの?」


 曇天から。雨空へ。雨空は、雷雲へ。


 ***


 ガラガラガラガラガラ……ッ。


 雨音。遠雷と輝く空。

 マツリは大きな音で正気に戻る。目が覚めた、ともいう。

「……雷……」

 薄暗い天井を見つめながら呟く。いつのまにか、暗い工場跡で背中を地面に押し付け、仰向けになっていた。

 気持ちがいい。冷たい床も。雨音も。

 けれど同時に、湧き上がる正体不明な嫌悪感にマツリの喉が突き上げられた。

「嫌い……」

 感情によって小さく弾き出された言葉を呟いて、マツリは起き上がった。気がつけば、眠っていたらしい。此処で、一晩も。

 マツリは冷えた肩を抱いた。


 この日、学校には、行けなかった。

 会いたくないから。

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