5
はっと気づくと、いつの間にかマツリは繁華街を歩いていた。どうやってここまで来たのかは思い出せない。足元のコンクリートが恨めしいくらい灰色で、空すら汚い曇天だった。
マツリはじわりと嫌な汗が額に滲むのを感じ、ぎゅっと奥歯を噛み締めて不快感に抗った。
「……ッ」
しかし、堪らず、走り出す。走って、走って、走って。
ガシャーン!
「はっ……はぁ……っは……っ」
ふらふらしながら、扉をぶち破るがごとく、あの場所へ飛び込んだ。工場跡――世界の端っこへ。冷たいその場所に、息を切らせたマツリは
――なんだこれは。
「……ぅ……っ」
なんだ、これは。
「……うぅ……ッ」
吐きそうなほど、気持ちが悪い。頭がぐらぐらする。
「……っ」
右手で左の手首を掴んだ。爪が突き刺さるほど、握りしめる。握りしめる。握りしめる。
――そういえば、昔もこんな風に此処でうずくまっていた。
一度じゃない。そうだ。あの、時だ。
叫んで、お母さんを刺した時だ。
あの後、人が来るまで。きつく握りすぎたナイフの感触が消えなくて、消したくて、消せなくて、この工場跡の隅に座り込んで、ひたすら手首を握り殺していた。あの人の死んだ体が硬くなって、白くなっていくのを見ながら。
――どれくらい?
どれくらい此処にいた?
どれくらい、私の手は血まみれだった?
一度じゃない。その時だけじゃない。
祖父が私の世話のために家に住むようになってからも、私は一人でよく此処に来ていた。そして決まって此処に座り、
けれど何も見てなかった。
何もなかったから。死んだ女も、血まみれの手も。
――ああきっと。私はそうやって、安心したかったんだ。
殺したのは私じゃない。あの拒絶だって、もう無いのだと。此処に座って、自分に言い聞かせていたのだ。
でも。私を拒絶する人間もいなかったけれど、愛してくれる人間もいなかった。
もとから。
――ねぇメグ。
メグが此処で言ってくれた言葉は、きっと忘れないけど。自分を許すって、案外簡単なことだと思ったけど。
でも、やっぱり忘れちゃいけないんだよね。私が忘れても、分かってしまう人間がいるんだよね。
メグが言った言葉は、本当に嬉しかった。
だけど、メグにすら拒絶されてしまった今、こんなにも簡単にその言葉を信じられなくなった。
そんな
なんて都合のいい考えだったんだろう。
そんな弱さごと、いとも簡単に彼女に暴かれて、恥ずかしさで消滅してしまいたくなった。
知られたくなかった。
知らせなければ良かった。
やっぱり、私は、私を許せない。
呪われてるのは私の心だ。
――ああ、もう、何もかも消してしまえればいいのに。
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