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授業が終わり、いづみは立ち上がってマツリに手を振る。
「じゃ、マツリ」
「うん。部活、頑張ってね」
「うん」
しかしいづみは足を止め、鞄を握り締めてマツリをもう一度見た。
「いづみ?」
「マツリ……、なにかあった時は、話してくれていいんだからね」
マツリは表情を変えず、何も言えず、なんとかいづみに言葉を返そうとしたが、彼女はすぐに「じゃあ」と微笑み、グラウンドへと向かってしまった。
「……」
振った手が重い。いづみの言葉が右手を重くしてるみたいだ。マツリはそんな気だるさを感じながら荷物を抱え、教室を後にした。
そして渡り廊下に差し掛かったところで、その子は突然現れた。
「ねぇ」
「え……?」
知らない、可愛い声だった。マツリが顔を上げ振り向くと、目前に指定外のセーラー服を着た少女――例の転校生がいた。
「……あ」
国光の――と言いかけて、マツリは口をつぐむ。
「ねぇ。あなた、美術室の絵を描いた人?」
あのスケッチのことだろうか。心当たりはそれしかなかった。
「……うん」
よく見るとすごく綺麗な顔立ちだ。
「へーっ。すごいわねっ。昔から絵とか習ってたの?」
彼女は嬉しそうに笑った。絵が好きなのだろうか。
「……や、たまたま。今日はうまいこと描けたから」
「へーっ! いいなぁっ」
国光からの転校生は人懐っこく笑った。
「私っ、
「……
「マツリ?」
「うん」
「そうっ、よろしくね」
彼女はにこっと笑った。
「うん。じゃ、私帰るから……」
何となくこの空気を脱したくて、歩き出そうとした瞬間だった。
「殺しちゃったの?」
一歩だけ進めた足を止め、マツリはゆっくりと振りかえった。
「……あなた。誰か殺しちゃったの?」
楓の唐突な質問に、つま先からじわりと、体が冷えていくのが分かる。
マツリは何も言えず、ただ楓を見つめた。その反応を楽しむように、ふふっと楓が笑う。
「図星ぃー?」
「……違う」
この一言を何とか言い返すのに、息を二度飲んだ。その間も、楓はにこにこ笑ったままマツリを見上げていた。
「……あはっ」
マツリの顔色を
マツリはビクリとして、小さく身構えた――つもりだったのだが、体が動かなかった。
「私、マツリ好きだわ」
それだけ。
それだけ言って、彼女は身をひるがえし颯爽と歩き去ってしまった。一人残されたマツリは呆然としたまま彼女の華奢な背中を見送るしかなかった。
「…………」
ずっしりと、いっそう重くなった荷物が右手を痛める。ぐらぐらする。脚さえ重い。汗が滲む。
今、何を問われ、何を見透かされ、何を責められたのか。
マツリは混乱したまま、何とかその場をあとにした。
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