第7話:朝比奈 楓は不敵に笑う

 いつの間にか。転入生が入ったようだ。

 だけど、誰も騒がない。国光くにみつ関係からの転入生とは知られていないみたいだった。この感じだときっと、知ってるのはリョウとマツリだけだ。

 転入生は色素が薄く、可愛らしい女の子だった。灰色がかった綺麗な長い髪を襟足えりあしを残して高い位置でふたつに結っており、小さな赤いリボンが左の髪の束にだけ結ばれていた。一四六センチと背丈が小さく、目が大きく、声が可愛くて、人気者の要素を多分たぶんに持った彼女はすぐにクラスに馴染んだみたいだった。

 そうして、何事もなかったかのように毎日は過ぎる。


 世界は、淡々としてる。

 進む時間軸は均等で、平等に針が回る。

 音も色もない。

 色づいて見えていた世界だって、そう見えていただけで、本当は淡々としているのだ。


 知ってた。そんなこと。


 ***


朝日奈アサヒナ カエデらしいよ」

「なにが?」

「名前ー」

「誰の」

「転入生」

「……あぁ」

 非常階段で、マツリがストローを鳴らす。

「いいよねー。一四六センチ。私、一六五あるからなぁ」

 いづみがぼやく。

「んー……」

 生返事。いづみは横目でちらりとマツリを見ると、小さくため息をついた。

 あの日以来、もうメグの話は一切しなくなった。マツリからじゃない。いづみからだ。

 何も言えない空気。マツリの瞳の色が以前より深く染まっている。もう、何も見えてないんじゃないかとすらいづみは思ってしまった。



「リョウ、……リョウ!」

「ん? あっ。いづみぃー」

 五限目の美術の時間。体育館裏を訪れたいづみはリョウを見つけると、ひょいっと平均台に腰をかけた。

「なに、サボリ? ついにいづみも」

「違うわよっ。美術! 課題が風景画だから!」

 一緒にしないでもらえますか。

「ふーん。大変そう」

 リョウは他人事ひとごとのように言って笑った。

「リョウさぁ……。マツリに最近会った?」

 いづみは一気に神妙な顔をして、切り出した。

「……会ったよー」

「変わったよね」

「変わったー」

 リョウは空を見ながら、棒付きキャンディをカランと鳴らす。

「原因はメグだよね。絶対」

 リョウがそう言うと、いづみは俯いて鉛筆をスケッチブックから離した。

「いづみ?」

「……だよね。それしかないもの」

 いづみは眉間にぎゅうっとしわを寄せた。そして口を開き、話し出した。


「私が初めて会った頃のマツリはさ……今と同じくらい。酷い目してたんだよ」

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