同日、同刻、五限の時間。いつもの非常階段で、綺麗に晴れた空を見上げていづみがしみじみと言う。

「やー……まさか、マツリからサボリのお誘いが来るとは思わなかったわー」

「ごめん」

 マツリが謝ると、いづみはへらっと笑った。

「いいよ。どうせ自習だったし、古典。で?」

「あのさ、……私、リョウのこと、やたら気にしてるかな?」

「……は?」

 いづみは一瞬面食らったが、すぐに腑に落ちた。やっぱりマツリは二人のことを気にしてたんだ、と。

「うーん……。リョウのことじゃなくってさ」

 いづみは階段に腰を降ろしながら、ゆっくりとした口調で言った。

「マツリは、メグのことを気にしてるんじゃない?」

 そして振り返って、まだ階段の上で立ったまんまのマツリを見上げた。

「やきもち、でしょ?」

「……なにそれ」

「知らないのー?」

 いづみは可笑しそうに笑った。

「知らないよ」

 嘘をつく。ただ、その言葉を認めると、別の感情を認めることになる。

 いづみはにたりと笑った。

「メグがさ、リョウに特別構うのが嫌なんだよ。マツリ」

「……なんで」

 マツリは一歩階段を降りて、いづみの斜め上の段差に座る。

「それでメグがマツリのこと、もう気に止めなくなるのが怖いんだよ」

 穏やかに微笑むいづみの目線が刺さる。マツリは何も言えず、無表情のままいづみを見つめ返した。

「……寂しいでしょ?」

 率直な問いかけだった。どんどん結論へと追いやられる感じがした。

「メグが傍にいなくなったら、寂しくない?」

 マツリは口を開かない。否定するのは、なんだかはばかられた。かといって上手に肯定もできないのだ。

「それだけのことだよ。マツリ」

 にっこりといづみが笑った。だけど、マツリは最後まで頷けなかった。

「……怖いのかな」

「メグを、じゃなくてね」

 いづみが首を振る。

「メグが離れていってしまうのが怖いのよ」


 ――あぁ、そっか。これは、そういうことなのだ。


 ある種の結論を認めると、不意に、メグに会いたいと思った。

「いづみ、ごめん。私……」

 いづみは分かってた、というようにふっと笑うと、ガッツポーズをマツリに向けた。マツリはこみ上げそうな何かを堪え頷くと、走りだした。いつもの屋上へ。



「メグ……ッ!」

「うおっ」

 屋上へ飛び込むように勢いよくドア開けると、メグは声を出して驚いた。

「な、なんだよ?」

 息切らしているだなんて、マツリらしくない。メグは目を丸くした。

「メグが……っ、いると思って」

「まぁ……いるけどな」

 次の六限のHRホームルームなんか出ないから。

「あの……メグに……っ」


 伝えたい。

 私はメグ自身が怖いんじゃない。メグが……――


 キキッ!


 声を発しようとした瞬間。フェンスの向こう側、下方から大きな音がした。車が急に止まった音だ。

「え……何?」

 事故だろうか? マツリが動揺すると、メグが立ち上がり、フェンスに手をかけて下を見た。マツリもフェンスに駆け寄った。

「……ベンツだ」

 事故ではないらしかった。校門の前に、非常に美しく磨かれた外車が止まっていた。きっとさっきの音はこの車が立てたのだろう。

 ギシッ……!

 不意にフェンスが金切声かなきりごえをあげた。マツリが驚いて顔を上げると、きしんだフェンスにメグの指がきつく絡んでいた。

「メグ……?」

「――っそジジィ……ッ」

「え?」

 メグの顔は怒りや憎しみを含んで歪んでいて、マツリはぞっとした。すると彼は突然くるっと体の向きを変え、そのまま無言で階段へと歩きだした。

「メグ?」

 メグの様子が明らかにおかしい。しかしマツリはそんなメグを止めることができず、一瞬で屋上に取り残されてしまった。

 しばらく呆然としていたマツリだが、息をつき、もう一度校門の車を見降ろした。

国光くにみつ……?」

 よく見ると見知ったマークが車の側面に金色で描かれていた。――国光だ。

 国光といえば、数多の企業や病院、はたまた政治や教育に至るまで、この国のおよそ全領域に権力を行き届かせている財閥だ。上場もしておらず、大きすぎる組織ゆえ不透明な部分も多い。最近では違法な研究を行なってるとか、マフィアが絡んでるとか、暗い噂も見え隠れしている。

 何故こんな公立高校に、そんな人たちが来るというのだろう。そして、何故この国光の車にメグはあんな反応したんだろう。

 穏やかではない。嫌な予感がする。マツリはごくりと息をのみ、走ってメグを追いかけた。

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