「お前んち、どこだよ」

 結構歩いたけれどまだ着かない。

「もう、そこだよ。そこ、曲がってすぐ」

「マンションか?」

一軒家いっけんや

「……独りで?」

「そうだよ」

 さらっと答えるマツリをメグは黙って見つめた。


 そこは普通の一軒家だった。新しいわけでも古いわけでも小さいわけでも大きいわけでもない、普通の家。

「あがってく?」

「はぁ!?」

 ――なに、その反応。

「……だって、せっかくだから」

「おま……ッ。ばっかじゃねぇのか?!」

「何が」

「お前、そう簡単に男を家に招き入れんなよ!」

 仮にも一度押し倒されている男を。

「何。最近はたたないんでしょ」

「そういう話してねぇだろ!」

 叫ぶ。

「いいよ。コーヒーくらいはあるから」

 結局、彼は押し切られてしまった。


 ――寂しすぎると思った。


 二階建ての一軒家。この家は、独りで暮らすには広すぎる。足を踏み入れた瞬間、メグはそう感じた。

「はい」

 テーブルにアイスコーヒーが置かれる。

「ずっと、独りなのか」

「ううん。小学校卒業までは、父方のおじいちゃんがいてくれてた」

 そうなると、もう四、五年間は此処で独り暮らしということになる。

「リ……――」

「あ?」

 マツリがなにか言いかけてやめたので、メグはいぶかしんで聞き返す。

「……リョウ、も。メグは、怖がらせたいって思う?」

 マツリはメグの眼をきちんと見れず、アイスコーヒーに映る電光を目で追いながら問いかけた。

「私にしたみたいに」

「……? あーいや。別に、もうそんなことは思わねぇな」

 思い出したかのようにメグが言って、コーヒーを飲んだ。

「変わったね。メグ」

「そうだな」

 彼は素直に肯定した。

「お前と会った頃は、ちょうどあのうっとおしい集団に目をつけられてて、そうとう暴れてたからな。正直、最初はお前も俺にちょっかいかけてくるやつの仲間だと思ってた」

 それであの攻撃的な態度だったのか、と納得した。

「もう喧嘩とか、しないの?」

「しねぇよ最近は。あれ以来売られねぇし」

「ふーん」

「……んだよ」

「ううん」

 作ったようなこの会話になんだか違和感を感じ、メグは首を傾げる。

「なんか……リョウのことやたら気にするな。マツリ」


 ***


「鈍感なんじゃなーい?」

 翌日の、五限目の始業ベルが鳴る頃。可愛らしいことに相談にやってきたメグを、椎名が鼻で笑ってそしる。

「……んだよ」

「お前、恋愛経験ゼロだろ」

 言い返す言葉はないが、頷くのもしゃくなので睨む。

「お前、マツリが自分を怖がらないって分かった時、マツリにやたら構ったんじゃねぇ?」

 思い当たる節しかない。頷かないけど。

「そんで今、以前のマツリのようにお前を欠片かけらも怖がらない子が現われたんだろ?」

「……まぁな」

「お前、その子にも構ってんの?」

「はぁ? しねぇよ別に」

 椎名はため息をついた。

「マツリがいきなりお前と距離を取ろうとしたのも、リョウって子のことを気にするのも、全部同じ理由だと思うぜ」

 大ヒントを与えたつもりだったが、メグは眉をゆがめるばかりだった。本当に鈍いらしい。

「……どうでもいいけど、もうマツリに酒飲ますなよ」

 それだけ呟き、メグは保健室を後にした。

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