誰かのことで悩むのが、こんなに苦しいなんて知らなかった……。


 帰り道を歩きながらマツリは思った。

 それはいつも、多分、どこか人と向き合うことを諦めてたからだ。なんて、後悔にも似た気持ちに酔って、グラっとした。


 ――あぁさすが、一級品のバーボンは一味違いますね。


 日光が作る濃い影を見ながら、それでも足を止めずにいると、自分の影が誰かの足もとにかかった。マツリが顔を上げると、そこにいたのは仁王立におうだちのメグだった。急速に心臓が締まる。

「よぉ」

「……あ」

 逃げたくって、じりっと足に力が入る。まだ、考えがまとまってない。

「メグ……どうして」

「マツリ。今日は、送ってやるよ」

「……う、うん」

 有無を言わせぬ雰囲気だった。日の光で、メグが輝いているように見えた。


 左隣を歩く彼はマツリを待っていてくれたようだったのに、しばらくの間無言だった。

「……メグはなんであそこにいたの」

「昼間から酒飲んでる奴を待ってたんだよ」

「えっ……」

 驚く。何故、ばれたのか。

「ちょっとだけ、酒の匂いするぞ」

「……知らなかった」

 あぁ、でもお酒って飲んだら匂いがするものだったな。と、母親を思い出し、マツリの心臓は少しだけ痛んだ。

「……椎名かよ」

「うん」

 メグは眉間にしわを寄せた。呆れたような、怒ったような顔だった。

「ごめん。待ってたって、知らなくて」

「……んだよ。突き放したと思ったら、また普通にしやがって」

 メグの言葉に心臓が揺れた。

 いつものガードを、今日はメグと一緒に横目で通り過ぎる。

「無理にお前に関わろうとしてると思うか。俺」

 マツリは黙った。

「……つーか、そんな、めんどくさいことする奴かよ? 俺」

 納得がいかないらしい。

「だって……」

 マツリは声が震えそうになるのを何とかこらえた。

「私といたら、気を張りつめなくちゃいけないでしょう……?」

 今だって、メグはマツリを左側に絶対置かない。そんなの、痛々しいほど気づいてるのだ。

「……まぁな」

 否定をしない彼に、マツリはちくりとショックを受けた。

「だから……側にいられるのが、嫌なのかと思った」

「なんでそうなるんだよ」

「……手。払われたから」

「……、……」

 メグは何か言おうと口を小さく開けたが、一度唇を結んで、それから低い声で呟いた。

「もし、あいつがまた出てきたら、どうすんだよ」

「……そんな配慮、今まで他の人にはしてないのに?」

 責めるような言い方になってしまった。メグは少しだけ俯いた。

「……怖いんだよ」

 呟くような小さな声。

「また、飛び出してくるのが?」

「……違う」

「?」

 予定外の答えが返ってきて、マツリは少し目を丸くした。

「何が怖いの?」

 メグは何も言わなかった。きっと、回答する気がないんだと察した。

「……そういえばさ」

「あ?」

 突然話を変えられ、メグは呆気にとられた。このタイミングでのそれは、違和感でしかない。

「リョウと……、仲良くなれた?」

「リョウ? ㅤあー、あいつか」

 頷く。

「仲良く……ってもんじゃねぇけど。まぁ、話くらいするかな」

「……良かったね。メグのこと、怖いって言わない人が、現われてくれて」

「おぉ」

 素直なメグの言葉で、心にもやがかかる。

「ねぇメグ。メグはどうして、私に関わるの?」

「はぁ?」

「私に関わるメリットなんて。もう、ないでしょう?」

「……んだそれ」

 メグがあからさまに呆れた。

「もう怖がらないわけじゃないし、メグは気を張らなきゃいけないし。メリットないよ?」

「……お前はメリットを求めていづみといんのかよ」

「違うよ……」

 否定。

「友達だから」

 いづみを思う。

「好きだから」

 心から思う。

「好きで一緒にいるんだよ」

「だろ」

 メグは飄々ひょうひょうと、そう言った。

「同じだ」


 ――この時、本当に耳が熱くって、困った。

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