「あー……」

 一連の話を聞いて、椎名が声を漏らす。そして「あのボケ!」と心の内で叫ぶ。

「マツリ……メグのこと、もしかして。避けてるでしょ」

 言葉に貫かれ、マツリは顔を上げた。

「図星?」

「……はい」

「マツリは傷つくことが怖くなったんだねー」

「……え?」

「いやいや、人間らしくなったねってこと」

 マツリは首を傾げた。

「でも、マツリが避けなくてもいいんじゃないかなぁ」

「…………メグには、メグを傷つけない子が、ちゃんといてくれるから」

「ん?」

「メグのこと、怖くない子が、他にもいてくれるんです」

 言っていてどんどん胸が締まった。

「だから、もうメグが私に無理に構う必要もないし、でも……、だから、気まずくて、避けてるのかも……しれないです」

「……マツリ。言ってること、結構分かりにくいんだけど……」

 椎名は笑った。マツリ自身も全然うまく伝えられなくって、何を言っているのか分からなくなっていた。

「だから……っ、つまり……。メグが気を使うようなら、私が……」

「マツリー……」

 椎名は呆れたような声を出し、ゆっくりとグラスを置いた。

「人間関係はさ、お互いが作るものなんだから。自分が引けばどうとか、自分が犠牲になればどうとか」

 ぎくっとした。

「そういうのは、反則だよー」

「…………」

 返せる言葉がない。握ったマツリのグラスの中で、どんどん氷がけていく。

「大切なのは、マツリがどうしたいか」

 椎名は優しく言い聞かせるように言った。

「メグとはもう関わりたくない?」

「……え」

「メグの反応が今、どうとかは、ほっといて」

「私……」

「マツリが、メグを嫌いになったか、だよ」

「……っ」

 マツリはぎゅっとグラスを握り、その手で勢いよく口に運んだ。

「あ」

 椎名が声を漏らしたが遅かった。ゴク……ッ。ゴク……ッ。とマツリの喉が鳴る。

「……あー……あ」

「……っ」

 カーンッ!

 グラスを机に置いた。いい音がした。

「強いのー?」

「……。知りません」

「だよね……」

「私」

「ん?」

「私……、メグのことは、嫌いじゃないです」

 言い切った。だってこれは、本音だ。

「……でも、時々苦しくなるんです」

「うん」

「私。なんで、こんなに苦しいのかも分からない……」

「……人間、自分のことが一番分からないものだよ」

 椎名がバーボンのなくなったグラスをカランと回して優しく微笑んだ。それはおそらく、自分に向けての自嘲じちょうのようなものでもあった。マツリはそんな椎名の笑みから目を逸らすように俯くと、きゅっと口を閉じた。

「ホントはレクチャーしてあげたいんだけど、やっぱりさ」

 椎名は立ち上がった。

「大事な事は自分で分からないといけないから、ヒントはここまで。……はい」

 そして、新しいグラスに水を入れてマツリに手渡した。

「先生には、分かってるんですか。私が……」

「……ん? んー……。全部なんて、分からないよ。俺みたいな人間が」

 自嘲。

「ただね、マツリ。メグはマツリのこと、大事にしてるんじゃないかな」

「拒絶されたのに……?」

「前にも言ったけど拒絶なのかな、ソレ」

「え?」

 首を傾げる。

「もう少し、メグも信じてあげなよ」

 ――信じる?

 ゴクリと飲み込んだ冷えた水が、頭に響くように流れた。

「……はい」

「また、なにか話があれば、飲みにおいで」

 そう言って椎名は、マツリを優しく撫でた。

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