2
目を覚ますと、ぼんやり見えたのは天井だった。
「……どこ……」
薄暗い。だけど青が見える世界。この色は夜が明けた部屋の色だ。
マツリはゆっくりと起き上がり、あたりを見渡す。白いベッド。さっぱりとしすぎている部屋。机の上に並べてずっと置きっぱなしのような、高校の指定教科書。此処がメグの家だということはすぐに分かった。
「……そうだ……っ。メグ……っ」
唐突に、鮮明に、赤い血を思いだした。ばっと体を見る。けれどマツリ自身はどこも傷ついてはいなかった。制服に残る血痕だけが滲んでる。メグの血だ。
シャッとカーテンを開けて外を見ると、知ってる風景があった。この辺なら何処だか分かる。場所を確かめると、マツリは再びカーテンを閉めた。
「メグ……?」
部屋を見渡してみる。しかし彼はいなかった。台所への扉を開けても、トイレや風呂場を見ても。独り暮らしにしては少し大きめの部屋だった。
――どうしたらいいんだろう。
マツリはすっかり困ってしまった。とりあえずベッドに腰を降ろし、ぼうっとカーテンを見つめることにした。
「起きたか」
「!」
突然声がしたのでマツリはビクリと体を震わせ、振り向いた。メグが包帯を巻きつけた右手をぶら下げて帰ってきたのだ。
マツリが起きているのを見ると、メグはほっとした顔をした。
「メグ……っ」
マツリが駆け寄ろうと立ち上がる。しかしその瞬間、メグはぎくっとして体をこわばらせた。それははっきりとマツリにも伝わり、彼女は立ち止まった。
「あ……。此処、やっぱりメグの家だったんだね……」
「おう……」
ぎこちない空気が流れた。
「ごめん……メグ。怪我……」
「大したことねぇ。怪我もお前のせいじゃねぇから謝んな」
メグはこれ以上怪我については謝らせてくれなさそうだったため、マツリは謝罪したい気持ちを押し殺し、頷いた。
「……もしかして私。倒れた?」
「おう。お前んち分かんなかったから、とりあえず俺んちに連れて帰った」
「重かった?」
「そこ、気にする点か?」
呆れ笑いを見せ、メグは朝食の用意を始めた。パンを取出しコーヒーを入れ、小さなテーブルに置く。そして、突っ立ったままのマツリを見た。
「座れよ」
「……うん」
マツリは頷いて、メグに
「なんもしてねぇよ」
「そこ、気にする点なんだ?」
「……るせぇ!」
マツリは小さく笑った。
「どこに行ってたの?」
いただきます、と呟いて、マツリが尋ねる。
「椎名んとこ」
「なんで?」
「なんでもねぇよ……」
「……怪我、したから?」
マツリが右手を見つめた。
「ンな目でみるな」
どんな目をしてたんだろう。マツリは首を傾げる。
「ちげぇよ。手当くらい自分でもできる」
「じゃあなんで?」
「……お前がいるから」
沈黙。
「あ、ごめん。ベッド取っちゃってたから」
「違……。ま、まぁな」
――それでいいや、もう。
メグは何も言わずコーヒーを飲み干した。
「……ありがとう。メグ」
「何がだよ」
突然そう言ったマツリに、メグは眉間にしわを寄せた。
「全部。ありがとう」
メグは何も答えず、パンの包装をゴミ箱に乱暴に突っ込んだ。そしてマツリが朝食を終えたのを見ると、息をついて問いかける。
「……帰れるか」
「うん」
頷いたマツリは簡単に髪を結い直し、玄関に向かった。
「マツリ」
「なに」
靴を履いた時点で呼び止められ、マツリはじっとメグを見つめた。
「メグ?」
「…………」
メグは苦い顔をして黙っていた。明らかに左手がざわめいている。そのことを実感しながら。
「……や」
首を振る。そしてマツリを見る。
――やっぱ細え、折れちまいそうだ。
メグはマツリの細い肩を目でなぞり、心の中で呟いた。触れたくなる衝動を殺しながら。
「? じゃあ」
「おぅ」
ガチャっとドアが閉まる音がして、彼女は目の前からいなくなった。その瞬間、メグは握っていた左手を解き、肩から力を抜いた。
正直、ショックだった。今更、あの化け物がマツリに向かって飛び出してきたことが。「怖い」と思われていることに、今までこんな風に傷ついたことはないのに。
「……っクソ」
メグはずるりと落ちるように、玄関に座りこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます