目を覚ますと、ぼんやり見えたのは天井だった。


「……どこ……」

 薄暗い。だけど青が見える世界。この色は夜が明けた部屋の色だ。

 マツリはゆっくりと起き上がり、あたりを見渡す。白いベッド。さっぱりとしすぎている部屋。机の上に並べてずっと置きっぱなしのような、高校の指定教科書。此処がメグの家だということはすぐに分かった。

「……そうだ……っ。メグ……っ」

 唐突に、鮮明に、赤い血を思いだした。ばっと体を見る。けれどマツリ自身はどこも傷ついてはいなかった。制服に残る血痕だけが滲んでる。メグの血だ。

 シャッとカーテンを開けて外を見ると、知ってる風景があった。この辺なら何処だか分かる。場所を確かめると、マツリは再びカーテンを閉めた。

「メグ……?」

 部屋を見渡してみる。しかし彼はいなかった。台所への扉を開けても、トイレや風呂場を見ても。独り暮らしにしては少し大きめの部屋だった。

 ――どうしたらいいんだろう。

 マツリはすっかり困ってしまった。とりあえずベッドに腰を降ろし、ぼうっとカーテンを見つめることにした。

「起きたか」

「!」

 突然声がしたのでマツリはビクリと体を震わせ、振り向いた。メグが包帯を巻きつけた右手をぶら下げて帰ってきたのだ。

 マツリが起きているのを見ると、メグはほっとした顔をした。

「メグ……っ」

 マツリが駆け寄ろうと立ち上がる。しかしその瞬間、メグはぎくっとして体をこわばらせた。それははっきりとマツリにも伝わり、彼女は立ち止まった。

「あ……。此処、やっぱりメグの家だったんだね……」

「おう……」

 ぎこちない空気が流れた。

「ごめん……メグ。怪我……」

「大したことねぇ。怪我もお前のせいじゃねぇから謝んな」

 メグはこれ以上怪我については謝らせてくれなさそうだったため、マツリは謝罪したい気持ちを押し殺し、頷いた。

「……もしかして私。倒れた?」

「おう。お前んち分かんなかったから、とりあえず俺んちに連れて帰った」

「重かった?」

「そこ、気にする点か?」

 呆れ笑いを見せ、メグは朝食の用意を始めた。パンを取出しコーヒーを入れ、小さなテーブルに置く。そして、突っ立ったままのマツリを見た。

「座れよ」

「……うん」

 マツリは頷いて、メグに対面たいめんして座った。

「なんもしてねぇよ」

「そこ、気にする点なんだ?」

「……るせぇ!」

 マツリは小さく笑った。

「どこに行ってたの?」

 いただきます、と呟いて、マツリが尋ねる。

「椎名んとこ」

「なんで?」

「なんでもねぇよ……」

「……怪我、したから?」

 マツリが右手を見つめた。

「ンな目でみるな」

 どんな目をしてたんだろう。マツリは首を傾げる。

「ちげぇよ。手当くらい自分でもできる」

「じゃあなんで?」

「……お前がいるから」

 沈黙。

「あ、ごめん。ベッド取っちゃってたから」

「違……。ま、まぁな」

 ――それでいいや、もう。

 メグは何も言わずコーヒーを飲み干した。

「……ありがとう。メグ」

「何がだよ」

 突然そう言ったマツリに、メグは眉間にしわを寄せた。

「全部。ありがとう」

 メグは何も答えず、パンの包装をゴミ箱に乱暴に突っ込んだ。そしてマツリが朝食を終えたのを見ると、息をついて問いかける。

「……帰れるか」

「うん」

 頷いたマツリは簡単に髪を結い直し、玄関に向かった。

「マツリ」

「なに」

 靴を履いた時点で呼び止められ、マツリはじっとメグを見つめた。

「メグ?」

「…………」

 メグは苦い顔をして黙っていた。明らかに左手がざわめいている。そのことを実感しながら。

「……や」

 首を振る。そしてマツリを見る。

 ――やっぱ細え、折れちまいそうだ。

 メグはマツリの細い肩を目でなぞり、心の中で呟いた。触れたくなる衝動を殺しながら。

「? じゃあ」

「おぅ」

 ガチャっとドアが閉まる音がして、彼女は目の前からいなくなった。その瞬間、メグは握っていた左手を解き、肩から力を抜いた。

 正直、ショックだった。今更、あの化け物がマツリに向かって飛び出してきたことが。「怖い」と思われていることに、今までこんな風に傷ついたことはないのに。

「……っクソ」

 メグはずるりと落ちるように、玄関に座りこんだ。

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