「正当防衛なんだろ」

 話し終わったマツリを見つめ、メグが呟いた。

「……うん。そうだね。そうかもしれない」

 マツリはうっすらと微笑み頷いた。

「でも、私はおぼえてない。お母さんが死んだ時のこと。お母さんの胸にあの刃が刺さった時のこと」

 思い出そうとすると、イメージが白いもやに包まれてしまい、綺麗に思い出すことができない。

「……私が殺したのかも知れない」

 マツリは少しだけ首を傾いだ。

「殺そうとして、刺したのかも知れない」

「憶測だ」

「だけど、殺してやりたいって」

 マツリはぎゅっと拳を握った。

「一度たりとも思ってなかったって言ったら嘘になる」

 声がわずかに上ずった。

「無意識に、殺してしまったんだと……思う。私。そう、思う」

「……感情で記憶を変えるなよ」

「でも。何がどうなってても、私が殺したことには、変わりないんだよ。メグ」

 マツリが一瞬だけ、泣きそうな顔をした。

「どうやって殺したか思い出せない。でも私が、殺したいって思ったから何かが起きたんだって……思ってた。メグの化け物みたいなものが出てきて、それで殺したんじゃないかって思ってた。だから、メグの化け物のことを知ればあの日何が起きたか分かるんじゃないかって。メグが同類なんじゃないかって、そう思ってメグに近づいたんだ。……私はこんな、嫌な奴だったんだよ。メグ」

 ずっと、夢で見ていた。お母さんを刺して、そして、にっと笑う自分の姿。


 ――笑ったんだよ。きっと。あの時も。

 その幻想を掻き消したくて、何か不思議なことのせいにしたくて仕方なかった。自分より非道な人を見て安心したくって、利己的な目的でメグに近づいた。けれど、知れば知るほど彼は優しくて、母親を助けたいというメグの気持ちから生まれたんだと知ってしまった。――ショックだった。そんなの、同じなはずがない。メグはこんなにも優しいのに。自分はどれだけ非道なのだろう。正常ぶって彼を優しい人だと評すること自体おこがましい。そのことを突きつけられて、急激に恥ずかしくなってしまった。

 ――こんな私を化け物と言わず、なにが化け物なの。


「……お前が……」

 メグが口を開く。

「何も怖くないのは……きっと、自分はどうなってもいいって、思ってるからだったんだな……」

「…………」


 ――そうだよ。

 社会は私を裁いてくれなかった。じゃあ誰が私を裁いてくれる?

 誰でも良かった。誰でもいい。誰が私を傷つけてもいい。いっそ。傷つけてほしかったのかもしれない。だから、メグの化け物も私には反応しなかったんだよ。


 マツリはその思いを口に出さず、俯いた。

「――……ぉ」

 メグが何かを言った。聞き取れなかった。

「え?」

「バッカ……ヤロォ……!」

「……うん」

 メグは俯いて拳を握ってた。マツリはそんな彼を見て悲しく笑った。

「そうやって、ずっと、生きてくつもりかよ……」

「そうかもしれない」

 メグがばっと顔を上げた。その眼は本気で怒っていて、マツリは少しビクッとしてしまった。

「ふざけんなよ、マツリ!」

 肩を掴む。

「!」

「お前を、何人の奴が大事に思ってると思ってんだよ!!」

 叫んだ。

「お前は俺とは違う! 当たり前だろ! お前には友達もいるだろ!」

「……っ」

「いづみや、椎名が……! お前のこと、大切に思ってんだろうが!」

 マツリが一瞬だけ、泣きそうな顔を見せた。

「そんなお前が、自分を大切にできねぇのは……そいつらへの裏切りだろ!!」

 メグが叫ぶ。頭がガンガンした。声が刺さる。言葉が、脳を揺さぶる。

「そんな風に考えるなよ! 不確かな過去なんて忘れて、もう、自分を許せよ……!!」


 ボロ……。


 マツリの涙が左の眼から零れた。ずっと枯れていた、その眼から。

 貰えると思っていなかった言葉に呆然として涙を落としたマツリは、その涙にさえ気付いていないように見えた。

「……家まで送る。帰るぞマツリ」

 メグがそう言って左手でマツリの手を取ると、ついにマツリの右目からも大粒の涙が零れ落ちた。

「…………うん」

 ポツ……

 マツリの瞳から転がり落ちて、メグの左手に、涙が降る。


 その瞬間。


 メグの腕に落ちた雫が白く爆ぜ、彼の左手から白い化け物が牙をむいて飛び出した。



第4話 終

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