――なんなんだよあいつは。

 人を優しいと言ったり、慰めるようなことを言ったり、そのくせ、こっちへ来るな、だと。意味が分からない。


 翌日も朝から酷い雨が続いていた。学校でマツリを見かけても、彼女はメグに一瞥もくれなかった。

 どんよりとしたまま一日が過ぎ、放課後が来ると、メグは六組の教室を訪れ、帰り支度をするいづみを見下ろした。

「なに……。マツリ?」

 突然現れたメグに対し、いづみがいぶかしげに言い放つ。

「……いや」

「私?」

 いづみは多少緊張しながら、トントンっと教科書を揃えてカバンに突っ込んだ。この間売った喧嘩を今更買いに来たのかと、内心穏やかではなかったが、腹をくくり余裕なふりをした。

「おう」

「悪いけど、部活なんだー」

「ちょっとでいい」

「……」

 意外にも縋るように食い下がってきたメグをいづみはじっと見た。なんか、雰囲気変わったな、と思った。そしてどうやら危害を加えに来たのではないと理解し、いづみは息をついた。

「……十五分よ」

「おぅ」


 二人は人気のない屋上への階段に場所を移した。長々とメグと話しているところを見られては、いづみも『メグの女』扱いされてしまう。

「で? なに」

「お前、マツリのこと詳しく知ってるか?」

「はぁ? 知ってるに決まってるじゃない」

「何処に住んでるかとか」

「南町でしょ」

「もっと詳しく」

「住所は、知らないなぁ……」

 いづみがそういえば、という顔をした。いづみでも知らないのか、とメグは思った。

「マツリあんまり自分のこと話さないのよね」

「……訊かねぇのか……」

「んー。言いたくないことならね。特に家のこととか、言いたくないみたいなんだよねー」

「なんでだ……?」

 いづみがメグを見つめる。真面目な顔だった。

「触られたくないものなら、触らないわよ」

 彼女は無神経に興味本位で人の領域に入らない。それが自然にできるのだと分かるはっきりとした言葉だった。

「あんたは触れたいの?」

「いや……」

「あんまり、無理矢理とか……やめてよね」

「るせぇよ……」

「……話ってそれだけ? 私もう時間だから、行くね」

「おう」

「じゃ、また!」と言いながら、いづみは手を振って急ぎ階段をかけ降りていった。その時には、いづみの心からメグに対する恐怖心はほとんどなくなっていた。

 残されたメグは息をつき、壁にもたれかかった。

「……そういや、昨日はなんであんなところで立ち止まってたんだ?」

 ふと、昨日マツリが立ち止まっていた場所を思い出しメグは顔を上げた。河川沿いの工場をじっと見つめていた彼女は異様な空気をまとっていた。

にへ来ないで』

 ――その、こっち側というのは、あの場所のことか?

 いづみですら正確な住所を知らない。マツリは自分の住んでいる場所になにか問題を抱えているのだろうか。

 ヒントなど、その程度しかない。忠告も受けた。――それでもだ。

 メグは顔を上げ拳を握り、踏み出した。

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