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「そういえば、今日、朝からメグ見たよ。珍しいね。」
昼休み。非常階段でいづみと昼食を取っていると、思い出したかのようにいづみが言った。
「え、う、うん。」
言葉を詰まらせたマツリにいづみは首を傾げる。
「なに、やっぱり喧嘩でもしてたの?」
「……違う」
「ふーん。……ま、正直あんたたちの関係ってよく分からないからなぁ……深くは聞かないけど」
「……うん。ありがとう。いづみ」
――ああ、こういう、いづみが好きだ。
分からなくっても、詮索してこない。彼女の心地よい距離感が好きだった。
「泣かされたらいつでも言ってよねー。しばきに行くから」
メグに喧嘩を売ったことを後悔していた時とは全然違う表情で彼女は短く笑った。マツリも頷いて微笑んで見せた。
しかし、心の奥で引っかかっていた『よく分からない気持ち』が次第に明確になっていくのを感じ、マツリは憂鬱に押しつぶされそうになっていた。そしてその気持ちは次第に言葉を得て、彼女の脳を支配していくのだった。
***
放課後、昇降口で自分の傘を探していると、肩がぶつかった。
「うわっ」
マツリが驚いて顔を上げると、そこにいたのはメグだった。
「あ……っ」
「んだよ。化け物でも見たみたいな顔しやがって」
「や、そういうわけじゃ……」
メグは煮え切らない態度のマツリに怪訝なまなざしをぶつける。
「……ごめん」
「なんで謝る」
「なんでって……」
マツリが目を
――細いな……。
メグは思った。いつもより近くに立って分かる。砕け散りそうな、今にも倒れそうな。そんなふわふわした
「……マツ――」
「メグ」
遮られた。
「なんだよ」
ふっとマツリが顔を上げ、メグを見る。見つめられたメグはギクリとした。だって、いつものまっすぐな眼じゃない。やはり何かが崩れかけている――そんな崩壊を思わせる瞳に、メグは動揺した。
「化け物は……」
マツリの小さな口がわずかに動いた瞬間、ゴ……と、
「私の方が、よっぽど化け物だったんだよ」
「……は?」
メグは何を言われたか理解できず、聞き返した。
「ごめん」
しかしマツリはすっと傘立てから傘を抜き取ると、メグの前から走り去ってしまった。
「マっ……」
呼ぶ声もむなしく、彼女が玄関から駆けて行ってしまう姿を見送るしかなった。メグは呆然と立ち尽くす。
「……なんだ……それ」
その時の彼女に女々しさはなかった。
***
「だから、来週日曜の試合は――」
「……はー」
陸上部のミーティング中、いづみはため息をついた。そして肘をついて雨を恨めしそうに見つめる。彼女は雨の日の
「あ」
窓の向こうにマツリが下校しているのが見えた。遠雷が光る。雲の彼方で。
――そういや、今日はいつもに増して様子が変だったな、マツリ……。
ずっと思ってたけど、そもそもなんでマツリは、メグに固執したのだろう。だって、マツリがメグに近づいて得られる利なんて無かったはずだ。興味本位だけで、あそこまで彼に近寄ろうとするものだろうか。
彼女は、何故、不自然なまでにメグに近づいたのだろう?
今思えばメグなんかより、マツリの言動のほうに謎が多かったように思えて、いづみは眉根を寄せた。そしてもう一度ため息をついて、マツリの透明な傘を眼で追い続けた。
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