4
メグはうなだれるように下を向いた。マツリはそれでもメグを見つめ続けた。
「……マツリ」
「うん」
メグの声は絞り出されたように震えていた。
「お前……っ、なんなんだよ……!」
メグが左手で顔を覆っていた前髪をクシャッと掴む。
「はッ……もう。お前……」
笑った声も震えてた。
「ありえねぇ……!」
「ありえないかな」
「ちったぁ怖がれよ……ッ」
「ちったぁ疑えよ……ッ。ちったぁ嫌悪しろよ……ッ! 理由ならあるだろ。なんなんだよお前!!」
いっそうぐしゃぐしゃになったメグの髪で顔はよく見えなかった。
「なんで……、俺にそんなことを言うんだよ……っ!」
そう叫ぶと左手が緩み、彼はゆっくりと目を覆った。マツリはただ、それでもメグから目を離さなかった。
「……メグ」
呼びかける。メグは顔を上げない。
「なんでだろう。本当は、私が一番、どうしてそう思うのか、意味が分からないんだ」
マツリは素直にそう言った。だって根拠は自分がそう思ったから、それだけだ。証明なんてできない。
「はっ……」
メグは笑った。そして突然、マツリの肩を強く右手で掴んだ。
「メグ?」
メグは答えず、ただ震えた。マツリは暫くの間彼を無言で支え続け、顔を覆う左手を見つめ続けた。
「……メグ、今でも、その左手にあの化け物がいる?」
「……いるに決まってるだろ……」
メグの声は低く、それが愚問だったことが分かった。
「一時たりとも気を抜いたことねぇよ」
それは意外な告白だった。彼はいつも
「こいつの暴食欲はでけぇから。近くに恐怖があるだけで、ひどく疼く」
「勝手に飛び出してくるの?」
メグは首を振って左手を顔から放した。前髪の隙間から見えたその顔は、悲しい顔だった。ドキッとした。
「たったの二度だけだ……。抑制がきかなくて、出てきたのは」
その瞳に恐怖の色が映る。
「怖かったんだね……」
「……あぁ」
素直な回答だった。メグは数秒目を伏せ、それからマツリを上目使いで見つめた。
「お前、本当に俺のこと、怖くないのか……?」
マツリは何か言おうと開いた口を、ゆっくりと閉じた。
「……ううん」
小さく首を振る。
「本当はいつもその手が、少しだけ怖いよ……だけど……」
マツリはゆっくりと言葉を紡いだ。メグはマツリの言葉を黙って待つ。
「メグは大丈夫だって思う、かな」
「……はっ」
メグは笑った。馬鹿にしたような短い声で。そして小さく意を決したように息をつき、メグは話し始めた。
「……俺がさ」
「え?」
「俺が初めて傷つけた人は、母さんだったんだ」
マツリは
「それって……、病院の……?」
メグは頷いて左手を恨めしそうに睨んで言った。
「俺の手を、初めて怖がったのは……母さんだったんだ」
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