メグはうなだれるように下を向いた。マツリはそれでもメグを見つめ続けた。

「……マツリ」

「うん」

 メグの声は絞り出されたように震えていた。

「お前……っ、なんなんだよ……!」

 メグが左手で顔を覆っていた前髪をクシャッと掴む。

「はッ……もう。お前……」

 笑った声も震えてた。

「ありえねぇ……!」

「ありえないかな」

「ちったぁ怖がれよ……ッ」

 ついぞ、叫んだ。

「ちったぁ疑えよ……ッ。ちったぁ嫌悪しろよ……ッ! 理由ならあるだろ。なんなんだよお前!!」

 いっそうぐしゃぐしゃになったメグの髪で顔はよく見えなかった。

「なんで……、俺にそんなことを言うんだよ……っ!」

 そう叫ぶと左手が緩み、彼はゆっくりと目を覆った。マツリはただ、それでもメグから目を離さなかった。

「……メグ」

 呼びかける。メグは顔を上げない。

「なんでだろう。本当は、私が一番、どうしてそう思うのか、意味が分からないんだ」

 マツリは素直にそう言った。だって根拠は自分がそう思ったから、それだけだ。証明なんてできない。

「はっ……」

 メグは笑った。そして突然、マツリの肩を強く右手で掴んだ。

「メグ?」

 メグは答えず、ただ震えた。マツリは暫くの間彼を無言で支え続け、顔を覆う左手を見つめ続けた。

「……メグ、今でも、その左手にあの化け物がいる?」

「……いるに決まってるだろ……」

 メグの声は低く、それが愚問だったことが分かった。

「一時たりとも気を抜いたことねぇよ」

 それは意外な告白だった。彼はいつも飄々ひょうひょうとしている。そんな風には見えなかったのだ。

「こいつの暴食欲はでけぇから。近くに恐怖があるだけで、ひどく疼く」

「勝手に飛び出してくるの?」

 メグは首を振って左手を顔から放した。前髪の隙間から見えたその顔は、悲しい顔だった。ドキッとした。

「たったの二度だけだ……。抑制がきかなくて、出てきたのは」

 その瞳に恐怖の色が映る。

「怖かったんだね……」

「……あぁ」

 素直な回答だった。メグは数秒目を伏せ、それからマツリを上目使いで見つめた。

「お前、本当に俺のこと、怖くないのか……?」

 マツリは何か言おうと開いた口を、ゆっくりと閉じた。

「……ううん」

 小さく首を振る。

「本当はいつもその手が、少しだけ怖いよ……だけど……」

 マツリはゆっくりと言葉を紡いだ。メグはマツリの言葉を黙って待つ。

「メグは大丈夫だって思う、かな」

「……はっ」

 メグは笑った。馬鹿にしたような短い声で。そして小さく意を決したように息をつき、メグは話し始めた。

「……俺がさ」

「え?」

「俺が初めて傷つけた人は、母さんだったんだ」

 マツリは固唾かたずを飲んで、合わせてくれないメグの悲しい瞳を見つめた。

「それって……、病院の……?」

 メグは頷いて左手を恨めしそうに睨んで言った。


「俺の手を、初めて怖がったのは……母さんだったんだ」

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