3
「メグ……!」
マツリは思いっきり屋上のドアを開けた。
本当は、此処にはいないかもと思っていた。避けられているなら、きっと此処にはしばらく来ないと思ったから。けれど彼はいつものように屋上で座って日に当たっていた。
メグは屋上にほとんど飛び込んできたマツリに驚き振り向いたものの、じいっと警戒するようなまなざしでマツリを見つめるだけだった。
「……メグ」
もう一度、名前を呼んだ。声が震えた。
「……なんか用か」
メグが小さい声で問う。
「探してた」
「なんで」
「謝り……たくて」
「なんでだよ」
マツリはぐっと拳を握った。汗ばんでいた。
「……許してほしいからじゃない」
「……答えになってねぇよ」
確かに。
うまく言えない。けれどマツリはなんとか言葉を紡ぎだした。
「傷つけた」
「傷ついてねぇ」
即答。否定。
「言ったろが。傷つく傷つかねぇってのは……――」
「化け物同士でなら」
遮る。
「……ありでしょ」
その言葉の意味を正確に理解できず、メグは眉をひそめた。何が言いたいのか推し測っていた。しかしその答えにたどり着くことができず、ふっと目を伏せて呟くように尋ねた。
「……俺がなんで手を使ったか聞いたか」
「さっき聞いた」
嘘はつけないと思った。だから認めた。
「……そうかよ」
ため息交じりに息をする。メグの背中が寂しく見えた。
「分かったろ。俺が正真正銘の化け物だって。左手だけじゃねぇんだよ。俺自身が、親でも簡単に傷つける最低な化け物なんだよ」
マツリにはそれがヤケクソな自己嫌悪に聞こえた。
――メグは確かに歪んでる。
自分を見て怯えない女の子を見つけて、どうやったら怯えるのか試そうとしたり、
けれどここ数週間彼と関わり、言葉を交わして分かった。メグは無差別に人を傷つけたりしない。他人などどうでもいいと言いながら、故意に人と距離を取っている。繋がろうとしない。いつも面と向かう者が『自分を怖れていないか』『何を言えば怖れるのか』を推しはかろうとする。私に此処まで固執したのだって、『どこまで本当の自分を見せても大丈夫なのか』を試したかったからだろう。
それはきっと、左手の化け物を出させないためだったのだ。そうしないと、誰も信用できないし、気を抜けないのだ。それは、彼の優しさだったのだ。
だから、母親を傷つけてしまった八歳のメグの心情を想像し、胸が痛んだ。深い傷を負っただろう。そして今でもその傷は膿んでいる。それは想像に難くない。
その傷に触れられてしまった時の痛みは、激痛。あたり前だ。怒るのは。
「痛かったでしょ」
「……なにがだよ」
マツリは無言で首を振った。これ以上言うと。なにかが嘘っぽくなってしまう。
「傷つけたくて傷つけたんじゃないよ。ただ。それを分かってほしいんだ」
だから、これだけ言った。
「メグがお母さんを傷つけたくて傷つけたんじゃないって分かってる。下手に詮索して、ごめん」
「……っわ」
メグの顔はあからさまに動揺していた。そして突然立ち上がる。
「わっかんねぇだろっ! そんなのお前には……!!」
「分かるよ」
マツリはメグに向き合った。
「……っ」
メグの声は言葉にならなかった。
マツリの眼が、まっすぐにメグに突き刺さるからだ。
――分かんないだろ。普通。
メグは叫びだしそうになった。
母親を傷つけようとして左手を使ったとは考えないんだろうか。
だって、マツリは俺がその手で故意に人を傷つけているところしか見ていない。
なのに。
なんで。
そう、言いきれるんだ。
信じるなよ。そんなにまっすぐに。
俺を、信じるな。
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