12

 それは咄嗟のことだった。

「メグ……!!」


 ドンッ!


「うわぁああ!」

 マツリが側にいた男を思いっきりメグの方へ突き押した。その男は突然体を押され、前のめりになってメグ達の前に転げ出た。

「おいおい……」

 ボスがこけた男に近寄る。

「あんまりオイタはやめてくれよ、嬢ちゃん」

 興をがれてため息をつき、屈んでその男をひっぱり上げようとした、その刹那。

「うあわあああああああ!! 寄るな!! 来るなぁあ!!」

 男は絶叫した。

「あぁ?」

 その怯えきった目線の先へ振り向くと、メグがすぐ側にいた。白く光り揺れる化け物の真っ赤な口がぐわりと開いていく。

「んだよこんなガキひと……」

「うわああああああああああああああ!!!」


 ブシュッ……! びちゃっ!


 耳障りな絶叫と音を発しながら、男は肩あたりを食い切られた。おびただしい鮮血がボスの顔に勢いよくかかる。もちろん。メグにも。

「…………これは」

 生温い血の感触に、ボスは目を覚ましたように狼狽うろたえた。

「分かったか……?」

 メグの声に、振り向く。

「こいつが夢じゃねぇって、分かったか?」

 殺気を放ってメグが言い捨てた瞬間、あの化け物が笑った。

「ギャハハハハハハッハッハハハハハッハハハハッハ!!!」

 赤い口から血を垂れ流しながら、おぞましい声で嬌声をあげる。

「……うっ……わあああああああああああああああああ!!」

 突然腹の底から上がってきた言い表せないほどの恐怖で、ボスは精神崩壊気味な悲鳴を上げた。

「今さら怖がってもおせぇよ」


 ドッシュ……ッ


 再度、嫌な音がした。びちゃびちゃと、返り血が地面とメグをあけに染める。

「ひぃ!」

 意識を失ったボスの姿を見て、周りにまだ残っていた男達が声を上げて飛び出した。血まみれのボスに目もくれず。一目散に。

「……もう俺に近寄るんじゃねぇぞ。」

 メグのその言葉は、誰にも聞こえていないとは思うが、きっと聞かなくたって彼らは二度とメグには近づかないだろう。マツリは黙ってその一連の光景を眺めていた。

「マツリ……」

 メグの眼がマツリをとらえる。マツリは少し背筋を伸ばして彼と対峙した。気づけばもう化け物は消えていた。

「こいつを突き出したの、全部、計算してか?」

 ボスの横で倒れる、肩を咬み切られた男を親指で指さす。

「…………とっさで」

 その回答にメグは少しだけ目を丸くした後、とても可笑しそうに短い声で笑った。

「はは……! お前もなかなか、非道ひどい人間だな……っ」

 メグはどこか満足気だった。そして軽く返り血を拭い、出口に向かって歩き出した。マツリはメグを追いかける。

 廃ビルを出ると、そこは知らない町だった。けれど廃ビル群を抜ければおそらく駅があるだろう。そこまで行けばきっと帰れる。そう思ってホッとした。

「マツリ」

 誰もいない廃ビル群の隙間を歩きながら、メグがマツリに声をかける。

「お前、本当に面白いな」

 にかっと笑う。その笑顔は本当に無邪気で可愛いのに。顔と服が血まみれで、いっそ恐ろしかった。

「……私」

 マツリがぽつりと呟く。

「そんなに非道いかな」

「なんだよ。気にしてたのか……?」

 笑った。

「……私、あの人のこと……とっさにメグに傷つけさせようとして、押し出したのかな……」

「……?」

 それは何かを確かめようとしている、自問のような問いかけだった。

「潜在……意識っていうのかな……」

 自問。そしてそれはほどなくして、彼女なりの結論にたどり着いたようだった。

「そっか……」

 そう呟いたマツリは悲しく笑った。

「別に、マツリがなんだってどうでもいい」

 そんな自問自答など一蹴して、メグは左手を伸ばした。

「え……?」

「なんにしろ」

 メグは少し乱暴にマツリの腕を掴んで、顔近くまで引き寄せる。

「本当にお前が何をしても傷つかねぇのか、何も怖くねぇのか、俺が確かめてやる」

 マツリは目を丸くして、メグを見つめ返した。

「覚悟しとけよ。マツリ」

 そう言い残してメグは一人行ってしまった。気づいたら、廃ビル街を抜けて人通りのある通りについている。

 マツリはぽかんと彼を見送りながら呟いた。

「…………なにそれ」



 第1話 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る