11

「なっ!」

 当然のように白くて得体のしれないその化け物が姿を現すと、メグの周りにいた男たちが怯え、叫び始めた。

「うわあぁぁ! ま、また出やがった!」

「なっなんだあれは……!!」

 しかし、そんな男たちのどよめきをかき消すように。


「グギアアァァァアアアアアア――……!」


 化け物が吠えた。聞いたこともないような、耳にさわる声で。

「ヒイイ……!」

 マツリを掴んでいる男も堪らず声を上げた。マツリの体も少しだけ強張る。怖くないわけじゃない。

「撃てッ! 撃ち殺せ!!」

 誰かが叫んだ。マツリははっとしてその声の主を見る。すると、一斉に周りが持っていたらしい銃を構えた。

 ただのギャングとは思えないその重装備にマツリはジワリと汗をかいた。

 いけない。化け物ではなく、メグに弾が当たれば、それは無事では済まない。そんな直感が脳裏をかすめた。

「メグ……!」

 思わず叫ぶ。だけど、メグは不敵に笑ってた。

「うあああああああ!!」

 誰かが叫び、震えた指で引き金を引いた。

 その瞬間はまるでスローモーションのようで、カチャリという金属音と耳を裂く爆発音が聞こえた――気がした。

 だが。


「怖がってるんじゃねぇよ」


 不思議なことに、そんな騒音の中メグのその言葉がはっきりと聞こえた。

 そしてその瞬間、火が灯るような音がして白い化け物が膨れ上がり、メグより大きくなった。

 マツリの全身の毛が逆立つ。

 霧散むさんしそうなほど膨れ上がったソイツは、メグの左手から離れないものの、見る見るうちにメグの身体を取り巻くように渦巻いた。そして膨らんだその体から無数の真っ赤な口がいっせいに開かれ、メグに放たれた銃弾を喰ったではないか。

 それは悪夢でも見ているような、非現実感。

 誰も声を発せず、ただただ呆然とその光景を見ていることしかできなかった。

 そんな静まり返った空気の中、煙だけがメグを取り巻いて揺らめいている。そしてソイツは漂うようにゆったりと縮み、メグの左手で揺れた。

「ううううううううううううう…………」

 低い声で唸った化け物に、「ひぃ」と小さい声が漏れた。銃弾すらきかないこの化け物をどうしろというのか。男たちは少しずつ後ずさった。

なんて、きかねぇよ」

 メグが笑った。それはもう無敵に見えた。

 しかしだ。


「なんだぁ? それぁ」


 この緊張感にそぐわない、気の抜けた声が室内に響いた。

 その声の主は、ボス格のあの男。彼は首を傾げて何度も眼をこする。

「……やっべぇな。薬のやりすぎかぁ? いっけねぇなどうも。こんな時に幻覚なんて」

 メグはその様子に小さく顔を歪めて、舌打ちをした。

 ――こいつ、分かっていない。これが現実だということを。

「どうしようもねぇ、クソだな」

 メグは笑った。それは、少し余裕のない笑顔に見えた。

「ま、いいかァ……いくぞ? メグ。俺はお前とりあいたくて、しかたねぇんだ」

 男はそう言うとぐっと拳を握って、構えた。

「ボ、ボス……! アイツ相手にやんのか!?」

「だ……っだめだろ! チャカすらきかねぇんだぞ!」

「お……俺」

 正常な男の一人が耐え切れなくなって逃げ出すと、それを皮切りに周りにいた男たちが後ずさり、部屋の外へと逃げ始めた。まるでクモの子を散らすような有り様だった。

 結局残ったのは数人と、マツリと、彼女を押さえる男だけだった。

 マツリがその男を見る。明らかに恐怖をいだき、震えている。

「……怖いと思うんなら、逃げたほうがいい」

 彼はびくりと体を揺らし、そう言ったマツリを見下ろす。

「アレは確実にあなたを噛み切る」

「……ひっ……ぃいぃ!!」

 マツリのまっすぐな眼が凄んでいるように見えたのだろう。彼はすっかり怯えきった様子でマツリを放し、一目散に逃げ出してしまった。


 ドカッ!


 その瞬間、視界の端でメグが吹っ飛ばされ、マツリは肩をすくめた。

「メグ……!」

 目を向けると化け物が心なしか薄くなっていることに気づいた。恐怖がアレの原動力なら、メグに恐怖を抱いている人の数が減った今、メグは丸腰も同然だった。そうなるとメグとボスの男の体格差は、圧倒的だった。

「ちっ……」

 メグが起き上がる。

「どうしたぁー? 強さはガタイだけじゃねぇんだろー?」

「そうだな。精神だ」

「あっひゃっひゃっひゃ! カッコイイこと言うじゃねぇか」

 メグも睨むようにニヤリと笑った。

「待てよ……」

 メグが小声で言う。相対あいたいしている男にではない。左手の化け物にだ。

「まだ、消えるな」

「何をブツブツ言ってんだぁ!?」

 ドカッ!

 再度殴られ、小柄なメグの身体がよろけ、こける。

「はっはぁ! 拍子抜けだぜぇメグ……!」

 メグは血の滲んだ口元を拭い、立ち上がった。


 その時だった。

 男が、飛び出してきたのは。

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