10
「で。そのボスさんとやらには何処まで行きゃ会えるんだよ」
校門に止まっていた車に揺られながら、メグは不機嫌そうに呟いた。空はもう夕方の色に染まっている。
「……黙ってろ」
メグを挟み込むように左右に座る男の一人が唸る。
「へーへー」
メグがため息混じりに言った。
自分から大人しく車に乗ったとはいえ、あまり遠くに連れて行かれるのは帰りが困るな、とぼんやり考える。
メグは眼を細めて左手を見つめながら、ボキボキと指を鳴らした。
バン!
少し行ったところで車が止まり、乱暴に扉が開けられた。
メグは威風堂々と車を降りると、ひゅぅと口笛を吹く。
「なかなか、らしい所に連れて来るじゃないか」
旧繁華街の廃ビルの中、割れたガラスに、ボロボロになった椅子や机が転がっている。壁にはカラースプレーで下品な落書きが施され、あちこちにタバコの吸い殻が落ちていた。
此処が悪党どもの巣になっていることは、一目瞭然だった。
「ようこそ」
暗い部屋の奥から男の声が響いた。
メグがその声の主を視界にとらえようと睨むと、バチンと音がして部屋の角に置かれたいくつかの照明が一斉に辺りを照らした。
すると部屋の奥で椅子に片足を立てて座り、にやにやとこちらを見ている男の姿が見えた。このギャングのボスだ。それもまた、一目瞭然。
「どーも。お招きいただき」
メグは小馬鹿にしたように笑い、手をひらりと振った。
「お前がメグか?」
「あぁ」
「ふん。ちっせぇんだなぁ。本当にお前があの地区で一番の要注意人物なのかァ?」
「さぁ。一番かどうかはわかんねぇけど。強さにガタイは関係ねぇよ」
それは、ガタイの良いその男への
「用件は」
「せっかちだな」
「一応先約があったのすっとばして来てるからな」
「はっは。ありがてぇ。なぁ、メグ。俺たちの仲間にならねぇか?」
メグは笑顔のまま黙った。
「俺のチームに入れば、あの地区だけじゃなく、ここら一帯を
メグはただ二回瞬きをするだけだった。
「てめぇの腕は買ってやる。幹部に入れてやるからよォ」
そこまで聞いて、メグは鼻で笑った。
「……俺がいちゃあ、あの辺を好き放題できねぇから、それなら取りこんじまおうって腹なわけだ?」
「まぁ。そうなるな」
「……わりぃんだけど、薬も女もあんま興味ねぇんだわ。俺」
頭を掻きながら言う。そのポーズは、その提案への無関心を表現するに十分すぎた。
「金も間に合ってるし。何より。群れてる奴らが反吐が出るほど嫌いだからな」
はっきりとした却下だった。メグはどこか満足げに笑っている。
「と、ゆーわけで。この話は。ナシだ」
くるっと向きを変え、メグは来た道を戻ろうとした。
「いいのか?」
「あ?」
よく分からない問いかけに対し、覗うように振り向くと、そこにはいるはずのない人間が立っていた。
「てめぇの女なんだろ。こいつ」
「……マツリ?」
まぎれもなく、マツリだった。相変わらず何にも動じていないような無表情な顔で男に腕を掴まれていた。
「どうなってもいいのか?」
「……はぁ」
メグは一瞬そのまま出ていくかを悩んだように眉間にしわを寄せ、ため息をつきながら向き直った。
「何やってんだよお前」
呆れていた。どうしてそんなに間が悪いんだ。と。
「わりぃんだけど、そいつオレの女じゃねぇよ」
ニヤニヤ笑うボスの男に向かって言う。抗議のようだった。
「ひゃっはっは! てめぇの学校の生徒がそう言ったんだよ」
「あーそら誤解だ。わりぃな。マツリ」
マツリは無言でメグを見つめた。
「まぁいいや。返してくれよ」
「お前が条件を飲むんならな」
メグはあからさまに嫌そうな顔をして、彼を睨んだ。
「……しつこい男は嫌われるぞ」
しつこいのはメグも同じだ。マツリは思ったが口に出さずにいた。
「力ずくか? ボウズ」
ボス格の男は楽しそうに立ち上がった。元より、メグと喧嘩がしたくてこんな真似したのだ。この展開は望むとこだっただろう。
「話が早いじゃねぇかボスさんよぉ」
メグがはっと鼻で笑いながら左手を振り上げた。
「怖くなってもしらねぇぞ」
……出る! ――マツリは息を呑む。
ボッ……!
そうしてまた姿を現したのである。白い化け物が。
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