9
クラス中から注目がいっそう集まるが、マツリは一切意に介さず帰り支度を始めた。
そこにいづみが駆けよって、マツリに言い聞かせる。
「いい? なんかあったらすぐ電話してね! メッセでもいいから」
「うん」
頷く。
「いづみも、部活頑張ってね」
「うん。本当は休めたら付いていったんだけど……」
「いいよ。来たら来たでメグが何言うか分かんないし」
「あはは……! 確かに。でもほんと、気を付けてね……?」
「うん」
じゃ、と言っていづみは教室を出ていった。
彼女は陸上部のレギュラーだ。昨日部活を遅刻していった手前、今日も休むなんて無理だろう。別に付いてきてもらうつもりなどなかったが、無理をしようとしてくれた友人にマツリは心の中で感謝した。
いづみを見送るとマツリも教室を出た。約束の場所などない。だからとにかく屋上に向かった。
屋上の重い扉を開くと、彼はこの前と同じように脚を伸ばして地べたに座り、遠くの空を見ていた。
「……メグ」
「よぉ」
声をかけると彼はちらりと振り返った。
「用ってなに?」
「せっかちだな、意外と」
メグはうっすら笑って立ち上がり、マツリと向かい合った。
「怖くなってきたか? それとも慣れちまったか?」
「……変わらない」
「はぁ?」
「最初っから。印象なんか変わらないよ。メグは私のこと怖がらせたいのかもしれないけど」
メグは笑顔を消し、黙った。
「多分。その左手で傷つくことは今のところ、ない……」
マツリはゆっくり、はっきりと言った。
「ふーん」
メグが近づいてきた。
「!」
かと思うと、視界がぐらりと回転し背中に痛みを感じた。足を払われ、思いっきり床に倒されたらしい。コンクリートがざらざらして、頭が痛かった。
「
膝を立て、身体を覆ってくるメグの眼には温度がないようだった。冷たく、
マツリは表情を変えず、口をつぐんだ。そして、眼を逸らさずまっすぐメグを見つめ返した。
「声、出すなよ」
唇が重なりかけた、その時だった。
パッパ――――――ッ!!
「!」
けたたましいクラクションが鳴り響いた。方向的に、正門から。
「……ちっ」
メグは舌打ちをしてゆっくり起き上がった。そして屋上のフェンスまで向かい、下の様子を見る。
マツリも右手で後頭部を抑えながらゆっくり起き上がり、唇をぬぐった。別に当たってないけど。
「鬱陶しいな」
もう一度舌打ちをし、メグは
マツリは立ち上がってメグと対面したが、彼はその横を通り過ぎて屋上の戸に手を掛けた。
「……なに?」
マツリが一応声をかける。
「客だ」
「客?」
「昨日俺にちょっかいかけてきた奴らいたろ。そいつらが学校まで来てやがる」
「……行くの?」
「なんだ? 最後までされたかったか?」
「ううん」
首を振る。
「なんで行くの?」
「はっ……」
彼は可笑しそうに笑った。その疑問は、きっと彼にとって愚問だったのだろう。
「俺に関わっても
碌な目……――それは一種の自虐か? マツリは少し訝しんだ。
「恐怖をプレゼントしてやる」
そう言い捨てて、メグは屋上から出て行った。
重たい扉の音とともに一人残されたマツリは、すぐにフェンスに駆け寄って下の様子を窺った。
なるほど、真っ黒な車が数台校門の前に止まっているし、強面の奴らが「メグを出せ」と騒いでる。
よく見ると何人かは白い包帯を巻いている。きっとメグにやられた奴らだ。
「はぁ……」
マツリはため息をついて、空を仰いだ。
妙に青い。青が濃すぎて暗いとすら錯覚する。
その後、少し時間を置いてからマツリは階段を下り、昇降口へと向かった。その間すれ違った生徒や先生には相変わらず好奇の眼を向けられたが、全部シカトした。
「はぁ……」
もう一度小さく息をつき、マツリは校門を出たのだった。
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