「襲われたぁ!?」

 高校の非常階段。いづみの声が響く。

「かけた」

「っておんなじだよ! 言ったじゃん! 一人で行くからだよ!!」

「んー」

 ズルル……。フルーツオレのストローがうなる。

「え、大丈夫なの?」

「んー。大したことない」

「……あ……」

 唖然。

「あんたねぇ……――」

 呆れ返る。普通に。

「嫌じゃなかったの?」

 もうひとつレベルを下げた会話をしてみよう。

「んー……そういうんじゃなくて」

「なに?」

「抗っても無駄だと思ったから」

「……はぁ――……」

 盛大なため息。

「ま。無事だったからいいよ、もう」

「うん。ありがと、いづみ」


 ガコン……。


 上の方で、非常階段の扉が開いた音がした。

「ん?」

 いづみが振り返る。そして固まる。

「……ま、マツリ」

「んー」

 マツリは振り返らず、ぼんやり空を見上げながらフルーツオレのストローを噛んだ。

「マツリ」

「……?」

 自分を呼ぶ声がいづみではなく男の声だったので、マツリは少し訝しみ振り向いた。

 そこにいたのは、ちょうど噂をしていたメグだった。

 ――今、マツリって言った?

 いづみは二人の間に流れるよく分からない空気に困惑した。

「……神威君……」

 ようやくフルーツオレから身を離し、マツリは応えた。

「ちょっと来いよ」

 にっと笑ったその顔が、嫌な感じだ。友好的とは絶対に言えない。

「ま、マツリぃ……」

 いづみがマツリの裾をひっぱる。どうにかしてやり過ごすか、逃げ出したかったからだ。

 しかし、彼女は立ち上がった。

「ちょ、マツリ!?」

 マツリはいづみの心配を一切受け取らず、冷静にメグと向き合う。

「なに……?」

「おもしろい物見せてやるよ」

「……今?」

「お前が知りたがってたことだ」

 マツリは二度瞬きをして、了承した、と言わんばかりに無言で階段を昇りだした。

「マツリ、ど、どこ行くの!?」

「いづみ、悪いけどすぐ戻るから、先、教室戻ってて?」

「え! う、うん……でもっ……」

 いづみが止めようとするのも虚しく、マツリはメグに付いて風のようにその場からいなくなってしまった。

「な……、なんでついてくのぉ……?」

 残されたいづみは落ち着かないまま、持っていたサンドイッチをなんとか咥え、飲み込んだ。


 ***


 廊下を歩くメグの足は速くて、マツリはその五歩後ろを追いかけるようにして歩いた。


「メグだ」

「うゎ……学校で久しぶりに見た……」

「っていうか……――」


 周りの眼が八方からメグに刺さる。


「あの子、誰?」


 その目線はマツリも向けられた。マツリはまっすぐメグのつむじだけ見て歩いていたが、それらの好奇の眼に気付かないわけがなかった。

 ――いつも、こんな視線を受けているのか、メグは。

「どこまで行くの?」

 マツリが小さい声で話しかけた。

「外だ」

 授業はどうするんだろう。マツリは考えたが、彼は止まることはなかった。昇降口を進み、気づけば正門を出る。そしてついにはあの繁華街まで出てきてしまっていた。

 メグはその間一言も話さなかった。そろそろ目的地について語っていただけないか、とマツリが声をかけようとした時。ようやくメグは足を止めた。

 マツリはすぐに彼が誰かと対峙していると悟り、彼の肩越しにちらりと前方を見やった。

「!」

 そこにはズラっと並んだチンピラが計五名。殺気を飛ばして立っていた。

「この前は俺らの仲間が世話になったみてぇだなァ。くそ餓鬼ガキ

 どうやらメグに言ってるらしい。

 なるほど。先日した奴らの仲間か。マツリはただ黙っていることにした。

 メグの背中に視線を戻す。なんだか彼の背中ばかり見ている気がする。

「ちょうど良かったぜ」

 メグはにっと笑って手を打った。

「相手してやるよ」

 分かりやすい挑発をしたメグに、チンピラどもはいとも簡単に血を沸騰させた。

「分かってんのか!? こっちは五人だぜ! 此処じゃ人目がある……来い!」

 メグの細い体はガタイのいい男に乱暴に掴まれ、裏の路地へと引きずられた。

「なんだ? この女」

 一人がメグの後ろに立っていたマツリに気付く。

「アイツの女だろ! 連れてこい!」

 そうしてマツリも多少乱暴に腕を掴まれ、裏路地へと引きずり込まれてしまった。


 ――なんなんだ一体。いつもの日常からどんどん離れてく。

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