路地裏に入ると、メグは壁に背後を取られる形で立たされ、マツリは逆に、輩の一人に掴まれたままメグと向き合うギャング達側に立たされた。


「で。かかってこねぇの?」

 メグがこの状況でもさっきと変わらず啖呵を切る。

 その態度に、一人の派手な男が舌打ちした。

「そいつ」

 マツリを指す。

「てめぇの女だろ」

 マツリは黙って指を指されていた。この状況で反論するほど馬鹿じゃない。

「頑張って守んなきゃ、喰っちまうぞ?」

 下品に笑う男に多少の嫌悪感を抱きつつ、マツリはメグの方をちらりと見た。

「はッ」

 しかし、メグは笑ってのけた。

「違ぇよ」

 低い声。その鋭さに少し肌が泡立つ。

「お前らが俺に喰われるんだよ」

「!」


 ボッ!


 眼を―――全員が、眼を疑った。

「……てめ……なんだ……それ……!」


 ゆらゆら

 ゆらゆら揺れる

 左手を纏うように

 なにか白くぼんやり光る

 得体の知れないなにかが揺れる


「おおおおおぉぉぉぉぉぉ……―――――」


 全員が顔面蒼白でビクリと肩を揺らした。

 その得体の知れない『なにか』が、恐ろしい口を開け、地獄から響くような声で呻きだしたのだ。


 眼はない。潰されてる。鼻はない。削げてる。ただ。口だけが真っ赤で、歯は恐ろしいくらい揃ってて、声は何処から聞こえる地響きのようだった。

 左手を纏うオーラのように、メグに肘のあたりからその『なにか』は体を揺らす。体、というには、ただ短い短い手が顔を形どる部分の近くに生えているだけだが。

 ともかく、ソレは今まで誰も見たことがないような、この世のものではない形容だった。


「…………っ」

 それはマツリの眼にもしっかり映った。

 これが、『呪われた手』の正体なのか。現実味を帯びない混乱の中、メグの顔はいつもどおりの冷静さを保ち、うっすら笑っていた。その表情が、さらにこのおどろおどろしい恐怖を増長した。

「うっ……うああ! やっちまえ!!」

 一人が恐怖を噛み千切るように叫び、メグに襲いかかった。そのヤケクソの手にはナイフが握られている。なのにメグは不敵に鼻で笑った。かと思うと、左手をすごい速さで振り回し、相手に殴りかかった。


 正しくは、すごい速さで白い『』が相手に向かっていった。


 ……ブシュッ!


 次の瞬間、血が噴出した。マツリの足元に血が火花のように散る。

 続いてまた一人、また一人、メグが腕を振り回すと、『なにか』と接触した者たちは血を吹いてぶっ倒れていった。

「う……うああ」

 時間はかからなかった。残るはマツリを掴んでいた男だけになった。まっすぐ、メグが向かってくる。

「ひぃ……!」

 とうとう男はマツリを放し、逃げ出そうとメグに背を向けた。



 ドシュ……ッ!


 メグの左手から伸びてきた『なにか』が、マツリの頬をかすめて一直線に男の元へと向かい、彼を捕えた音がした。

 その瞬間、マツリはしっかり目撃した。自分の方へ向かってくる白い『なにか』――化け物の顔が、大きな口を開けて嫌な笑い声をあげていたのを。そして感じていた。鈍い音がした刹那、熱いものが耳にかかったのを。


 どさり。――落ちるように男は倒れた。

 マツリはその男の血が耳にかかっているのを右手で確かめた。手にねちゃりとした赤い液体が付いていた。

 手のひらから目線を上げてメグを見ると、彼は薄ら笑っていた。


「分かったか?」


 ゆらゆら揺れる白いソレで、彼はぼんやり光って見えた。


「これが、呪われた手だ」

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