3
マツリが走って校門まで来た時には、当然ながらメグの姿はもうなかった。
マツリはそのまま学校を出て、まっすぐ生徒手帳を拾った道へと急いだ。きっとあの道が彼の帰り道だ。
彼女が繁華街の町を息を切らして走ると、ふわふわの髪の毛が風で揺れた。
「あっ……」
見つけた。後ろ姿をとらえた。
しかしその背中は近寄りがたい空気をまとっており、なんとなく一歩ずつしか近寄れなかった。マツリは距離を取ったまま、脚の回転をゆるめ、少しずつ距離を縮めるようにして歩いた。結果として、
すると、すっとメグが角を曲がって見えなくなった。
「あっ」
見失わないよう、マツリは再び走りだす。そして同じ角を曲がった瞬間。
ドスッ
「!」
右の手のひらがマツリの左頬をかすり、そのまま壁にぶち当たった。同時にマツリの背中もその壁にぶつかる。
声も上げず驚いたマツリだったが、すぐに状況を把握していつもの落ち着いた表情に戻った。
どうやら待ち伏せをしていたメグに、壁に押しやられてしまったらしい。
「付きまとうなって言ったよな」
メグがマツリを冷たく見降ろし、口を開く。
冷静に周りを見てみると、人目につかない裏の道だった。ビルの陰で薄暗く、そうそう人は来ないだろう。つまり、故意に誘い込まれたのだ。
「……」
マツリは黙ったままメグの顔を見つめ返した。近くで見ても、目の大きな可愛い顔をしていた。
「お前さぁ。そんなに気になる?」
「え?」
「俺の手、そんなに気になるかよ?」
メグは挑発するように、左手を顔の高さまで上げて笑った。
その笑顔も可愛い顔だったのだが、笑っていなかった。多分、心が。
「…………」
マツリは沈黙を貫いた。何を言ったってどうせ無駄だ。
「一生俺のこと、考えたくないようにしてやろうか?」
ガッ……!
「!」
彼の左手がマツリの襟元を乱暴に掴んだ。同時に彼女の手首は握りつぶされ、強い力で壁に押し付けられる。そしてそのまま身動きが取れなくなったマツリの首元に噛みつこうと、メグは顔を近づけた。
「…………――」
しかし、どういうわけか彼は寸でのところで顔を上げ、再びマツリの顔を見つめた。
「……お前」
襟元が少し乱れた彼女の眼はさっきとまったく変わっていなかった。まっすぐメグの瞳をとらえ、無表情で一切の感情がない。その無抵抗のさまに、違和感を感じずにはいられなかった。
メグが眉根を寄せて握り締めていた手首を放せば、マツリは開放されたその手で何事もなかったかのように襟を正した。
「……これ」
そして、胸のポケットから取り出す。あの生徒手帳を。
「落ちてたから」
手のひらへ落ちるように、それは持ち主へと返された。
「それだけ」
そう言うとマツリはすっとメグをすり抜けた。
「……お前」
メグが呟くと、マツリは足を止める。
「怖いものとか、ねぇのか……?」
マツリは振り返り、メグをじっと見た。彼を映すその眼は、本当にまっすぐなのだけれど、やっぱり何もとらえていないような、何も感じてないような眼だった。
「神威君は、何が怖いの……?」
それだけ問いかけると、マツリは踵を返してその場を去った。
取り残されたメグの頭に、彼女のその眼がありえないくらい焼き付けられてしまった。
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