6
「ありがとーマツリ!」
教室に着き、斜め前の席から声をかけてくれたいづみの笑顔を見ると、さっきまでのもやもやが消えてほっとした。
「ううん。どう? 次の大会は」
「うん。大会前に合宿をするみたい」
「へぇ」
へへっと笑ういづみの顔は本当の笑顔だと思った。あの保健医とは全く違う。
「ん?」
無意識にじいっと顔を見つめてしまっていたので、いづみが不思議そうに首を傾げた。
「あ、ううん。ねぇいづみ。保健の先生って……」
「あぁ! 保健室の
「……薔薇?」
なんだそれは。
「なんかあの人すっごい綺麗な男の人でしょ? しかも実は元々すごい名家の医者で、王子みたいだからっ」
「…………王子?」
「ま、ホストがいいとこか」
いづみが笑った。「まったくだ」と失礼ながらもマツリは思った。
「でもそれがなに?」
「ううん。保健室にバーボンがあったから」
「あっはは……! なんか椎名家の財力で、保健室はもう彼のプライベートルームなんだって。保健室の機能は持ってるけど」
「本当に?」
何その漫画みたいな話。
「多分。だからあの部屋自体は学校の規律やらなんやらには囚われないって噂」
「……ふーん」
なんか凄い人だな。マツリは小さな息をつき、肘をついた。
「そこ! 大蕗さんと高橋さん!」
「うあ! はい!!」
「……はい」
いきなり指名された。そういえばグラマーの授業がもう始まっていた。
「高橋さん。p.135を読んで。大蕗さん。それを訳しなさい」
リーダーでやらせろよ和訳なんて。と、いづみが心で毒づくが、届くわけなし。二人は大人しく立ち上がり、その指示に従った。
それは何気ない高校の日常だった。
***
その日も授業という高校生のミッションをこなし、マツリはまっすぐに岐路についた。しかし通学路の繁華街手前で後ろから呼びとめられた。メグに。
「マツリ」
「! ……メグ」
「よ」
「……最近学校来ないじゃない」
「めんどくせぇ」
なんと不良なことでしょう。
メグはマツリの横に並ぶことなく追い抜き、マツリの前を歩いた。
「あの先生ね」
「あ?」
眉間にしわを寄せながらメグが振り向く。なんかすごく嫌なことを聞いたみたいに、不快そうな顔をしていた。
「私の方が怖いんだって。メグなんかより」
「へぇ、そうかよ……」
メグはマツリから目をそらした。きっと、バレたのだ。これが一種の慰めだってことが。――下手なことを言ってしまった。マツリが少々後悔をした、その時だった。
「マツリ!」
また後ろから声がかかり、マツリは振り向いた。
「今帰りー?」
その声の主はいづみだった。マツリは立ち止まりいづみと向き合う。
「あれ、今日部活は……?」
「言ってなかった? ほら、大会前に合宿するって。市の合宿所で一泊二日だけ。今日の夜から行くから、その準備でレギュラーはミーティングだけだったの。私、明日は公欠するからね!」
「うん。あ……」
メグとの会話を投げっぱなしにしていたことを思い出し、マツリがメグのほうを見ると彼はまだこっちを見ていた。しかし、マツリが振り向くと彼は顔をそらし、そのまま歩き出してしまった。
「メグ!」
「えっ?」
いづみは驚いた。マツリの視線を追って前を見ると、マツリの肩越しに見える人物は確かにメグだった。しかも、こっちを見ている。
「……メグ……」
いづみが思わず口から声をこぼす。
「んだよ」
「え……! いや」
どもる。びびる。そんないづみに、メグは怪訝な表情を向けた。
「あ。この子、友達のいづみ。高橋いづみ」
「…………おぅ」
マツリが普通に紹介を始めたので、いづみはぎょっとしつつも、メグのほうを見て会釈をした。
「ど……どうも」
随分頑張って作り上げた笑顔。いづみのその表情を見ると、メグはふっと笑った。
「……いづみ。メグだよ」
いづみはますます顔をこわばらせた。「知ってるよ」なんて口が裂けても言えない。しかしなんとか言葉を紡ごうと、いづみが口を開いた。
「……ま、マツリがいつもお世話になってるみたいで……ほんと」
「世話はしてねぇぞ」
「されてないよ」
マツリ、お前はフォローにまわれよ。――思わず内心ツッコミを入れる程度には、いづみは平常心を取り戻す。
「メグ……くん」
「くんはいらねぇ」
「あ、ごめ。……め……メグ」
「なんだよ」
すごい。あのメグと言葉のキャッチボールをしてる。
いづみの手のひらは汗ばんだ。温度のせいではない。いづみは意を決したように拳を握り占めた。
「マツリのことは、傷つけないでね」
声が震えつつも、その懇願はまっすぐメグへと投げられた。メグは思わず目を丸くした。
「あ! 別に関わるなとか言ってるんじゃなくって……!」
マツリは思わずいづみを見た。いつもと言ってることが違う。だって、いつもならメグには関わるなって言う。
おどおどするいづみに、メグが小さく息をついた。
「いづみ」
「え! なに……!?」
「わりぃけどな。俺、マツリを傷つけるために関わってんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます