2
ドサドサドサドサ……!
普通ではない音が廊下に響く。
落下の感覚が治まると、マツリはぎゅうとつむった目をそっと開いた。そして気付く――自分は無傷だということに。メグが庇うように身体を抱きとめ、背中から落ちたということに。
「……メグ?」
小さな悲鳴のような声が周囲から湧いた。そんなざわつきの中、メグの意識は無いように見えた。
「メグ!」
マツリは跳ねるように立ち上がり、メグを起こそうとした。
「ん……ッ」
重い。さっきのプリントの比じゃない。
「誰か……手伝って! 保健室に……!」
マツリが声を上げ周囲を見渡す。けれどそこには無言と伏せられた目しか無かった。
「……っ」
無情な周りの距離にカッとなりかけながら、それでもマツリは踏んばった。同時にぬるっとした温かみを感じる。目をやると自分の右足から血が出てた。無傷ではなかったのか、いや、しかし痛みなどない。
「や……めろよ」
メグが呻いた。目を覚ましたらしい。
「メグ! あ……」
マツリは驚いた。そして理解した。自分の足に流れるこの血は、自分のものではない。メグのものだった。先日の一件で付けられていたのだろう。メグの脇腹の辺りから血が滲んでいた。あの時は返り血まみれでメグがそんな傷を負ってるなんて気づいていなかった。
「傷が……開いてる」
動けなさそうなところを見る限り、実はかなり傷が深いのだろう。
早く手当てしなければ、とマツリがメグを引っ張ると、ずるりと上半身を起こすことは叶った。けれど、このままじゃあメグを運ぶことはできない。もう一度誰かに助けを……、そう思ってマツリがぎゅっと拳を握った時だった。
「そっち。持ってて」
ざわめきを切り裂く声がした。
マツリが顔を上げると、目の前に女の子が立っていた。金髪に近い茶色の長い髪の可愛い子だった。ちょっと不良っぽいけれど。
「ほら、そっちの肩。私こっち持つから」
「……あ。う、うん」
マツリが言われた通りにメグの肩を担ぎ、その女生徒が反対側の肩を担ぎあげると、メグが浮いた。
「やめろって……」
二人の女生徒はメグのその訴えを完全に無視した。そしてそのまま彼は保健室に連れて行かれたのだった。
彼にとってそれは、学生生活において一番思い出したくない日になっただろう。
人と関わろうとしないあのメグが、人前で女二人に担ぎ出されたんだから。
***
「はい」
閉めきられたカーテンのせいで薄暗い保健室。マツリは消毒した傷口を包帯でぎゅっと縛り、バチンと余分を切った。
「いって!?」
痛みが走ったのかメグは思わず声をあげる。
「……もうちょっと優しくできねぇ?」
「してるよ、私」
マツリの治療は丁寧ではあったものの、なかなかの不器用さが際立っていた。メグはベットに腰掛けたまま、ため息をついた。
「なんで庇ったの?」
「あ? なんのことだよ」
「さっき。落ちた時。傷口開くの分かってたでしょ」
「馬鹿言うな。てめぇが勝手におっかぶさってきたんだろ。くっそ重てぇ体をよー」
「……私、四十一キロだよ……」
そんなに重くない、と言いたいのだろうが、恥じらいもせずバラすな……と、メグは呆れた。
「……ごめん」
「は?」
マツリが突然謝るもんだから、わけがわからずメグは思わず聞き返す。
「あんなきつく言うつもりなかったの。……ちょっと。周りの目とか、うっとおしくて。奴あたりしたかも」
メグは眉を複雑に寄せた。
――なんで謝るんだ。こいつ。
理解できない。二回も襲われかけて、傷つけてやるって言われて。そんな相手、どうして気遣える?
マツリは疑問符を頭上に浮かべ続けるメグをまっすぐ見つめ、再度謝った。
「ごめん」
その眼に引き込まれ、メグの心は一瞬掻き乱されそうになった。
その時、やってきたのだ。
あの男が。
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