Episode14 ~同時刻の死闘~
交差する白刃が視界を灼く。
即座に
一体目の正面からの斜め斬りを剣で受け流し、二体目の横一閃を全身を仰け反らせてよけようとするが──。
思うように動かず、宵闇の切っ先がカイの頬を掠めた。
舞い散る鮮血。じわりと熱くなる傷口。
「チィ──!」
舌打ちと共に、今度はカイが影人形の懐に潜り込んだ。
薄青色の刀身の腹をあてがい、そのまま横殴りに影人形を薙ぎ払う。
無造作に飛ばされた人形は、奥で構える二体目も巻き込んで、数十メルト先へ派手に転がるのだった。
策なんてクソくらえだ、と言わんばかりの戦闘。
普段のカイらしからぬ完全な
「はぁ……はぁ……!」
がくり、と。遂に膝を折り、カイは剣を杖のように突き立てて地面に付いた。
剣の振りすぎか、両手はさっきから震えが止まらない。
どうやら、疲弊しきった心身は思っているよりも極限に追い込まれているらしかった。
カイの荒い息遣いが、周囲に響く中。
数メルト後ろで構えていたアンリが、傍らに近づいてくる。
手を差し伸べてくれる彼女の顔にも、明らかな疲労が浮かんでいた。
当たり前だ。魔術をこんな短時間で酷使すれば、身体に負担がかからない訳がない。
その小さな手をとってカイは立ち上がる。
すると、アンリが苛立ったように影人形を睨みつけて、愚痴を吐き捨てた。
「あんな奴ら、どうしろってのよ……!」
人形達の攻撃をさばき続けるカイ。その隙を見て
二人は役割を分担し、影人形を倒す術を模索していたのだが……。
影人形はたとえ頭を、両手足を、胴体さえも断斬され、消し飛ばされたとしても、数秒後には何事もなかったかの様に立ち上がってしまう。
幾ら倒しても、牽制にさえならない。
ただ、一方的にカイ達の体力が削られていくばかりだった。
「クソッ、もうマナもカツカツだ……アンリは?」
「こっちも後一回、起動できるかどうかって所かしら……」
「チッ、持久戦もそろそろキツイぜ全くッ!」
幾度も際どく切り裂かれて傷んだ身体にムチを打って、カイは立ち上がる。
ふらりと視界が傾ぐが、何とか堪えて意識を繋ぐ。
もう、二人のマナ残量は限界に達しつつあるのは明白であった。
カイの長剣は既に三本目、アンリは
幾ら膨大な
それに、内部保有のアンリにとって、体内マナを全て使い切るわけにはいかない。
良くて失神、悪くて死だ。
故に、命に別業がない境目を懸念し──あと一発と、判断したのだろう。
「チッ……」
カイが何度目か分からない舌打ちを鳴らす。
──手札は限られている。
だというのに、未だに影人形の倒し方は分からないままだ。突破口が見えない……絶対絶命か。
そんな二人の状況とは裏腹に、影人形が態勢を立て直して、じりじりと歩み寄ってくる。
反射的に、カイは刃こぼれした長剣を構えつつ、アンリを背後に回して後ずさる。
──どうする。どうすれば良いッ⁉
この剣では長くの戦闘はできない。しかし、四本目の剣を生成するにもマナが足りない。
だが、このままでは……いずれ殺される。
そう悟った瞬間、カイは思わず柄を握る手が
このまま戦っていてもジリ貧なだけだ。
そうなれば圧倒的に不利になるどころか、いずれは戦える術さえ無くなってしまう。
──何か、何かねぇのかッ! 考えろ……こんな時こそ頭を回せッ! あるはずだ、奴らにもきっと弱点が!
これは、あくまでカイの持論だが。
世界に存在するあらゆる《力》には、必ず何らかの弱点を抱えている。
生成術や
影人形の能力が『無限の再生』だというならば、その強大な力に伴う決定的な弱点が存在するはずなのだ。
幾ら才があると、たゆまぬ努力をしようと、
カイは昔から、そう信じているのだ。
影人形が迫る、迫る。
こちらの反応を楽しんでいるのか、それとも舐め腐っているのか。焦らす様に距離を詰めてくる。
「クソッ……」
万事休すか。懸命に打開策を思索していると。
不意に、まるで水面に泡が浮き出る様にある事が閃いた。
そうだ。なぜ今まで失念していたのか。
あるじゃないか──闇性に対抗する手段が、ここには。
「……アンリ、噂で聞いたんだが、親が聖堂協会の人間なんだってな?」
「え? え、ええ。そうだけど、それがどうか……え? まさか──⁉」
言わんとする事を悟り、顔を引くつかせるアンリに。
「だったら、使えるだろ。聖属性の魔術が」
カイはそう、苦し紛れの笑みを浮かべるのだった。
──魔術には、様々な属性系が存在する。
基本『炎、氷、土、雷、風』の五元素。そこに特異属の『無、闇、聖』が加わり、全八元素から成っている。
神聖なる聖堂協会の人間にだけ、行使するのを許された魔術──それこそ、聖性
その性能は実に複雑で、治癒呪文で起動すれば『治癒』を持ち、
浄化は読んで字の如く、邪を滅する力で、基本的に実体のない闇性の魔術などを正面から打ち消せる好敵手だ。
しかし、上手く扱えなければその限りではない──。
聖性
故に聖性
本当に偶然、他愛もない噂を耳にしていたのが、巧を奏した。
やっと、影人形を無力化できる手段ができたのだ──。
喜びを噛みしめるカイとは裏腹に、紅髪の少女はいつもとは似合わぬ、これ以上にない弱腰で応じた。
「そ、そりゃあ使えるけど……まだ未熟で……そんなに効力ないし、あたしじゃあ、あの影人形を浄化するなんて……」
「今更なに弱気になってるッ! それしか方法が無いんだ、今の自分でできる事を全身全霊するしか無いだろッ⁉」
消極的になっているアンリの姿が、かつての無様な自分の姿が重なり──カイは思わず
「いいか。俺が何とかして奴らを一箇所に集める。お前は、いつでも撃てる様に準備しておいてくれよ──ッ!」
「え、あっ、ちょっと──ッ⁉」
抑制の声を無視し、身を低くして疾駆を開始する。
カイの殺気を鋭敏に感じ取った人形たちが、それぞれの剣を、上段の下段に構える中。
「あーもうッ! しょうがないわね──!」
躍起なって叫びながら、その場で片膝を付いて影人形を見据え。
アンリは
※ ※ ※
影人形がしてくる攻撃は、大きく分けて二つ。
互いの剣を交差させて☓字を描く剣撃と、その後の時間差による追撃の二閃。
恐らく、これらを継続的に繰り返すようシステムされているのだろう。
つまり影人形は不審者が操作しているものではなく、自動で動く殺戮兵器の様なものだ。
それ故に、その動きは単調で無機的。
どう攻撃してくるかさえ分かってしまえば、必然と対処もしやすい──のだが。
彼我の距離が一○メルトに差し掛かった所で、二体の人形が一斉に肉薄してくる。
上段斜めと下段斜めから振りかざされる、交差する剣閃が迫る。
──刹那。カイは咄嗟に体を地面に落として、滑るように避けた。
それにより、カイと人形の立ち位置が切り替わる形となる。
やはり──と、態勢を立て直したカイの背中に悪寒が走った。
そう、この影人形は剣を交える度、次第に動きが機敏になっていっているのだ。
まるで、成長しているかの様に。
剣を振りかぶる際の体幹や足さばき、膂力。全身のバネの使い方。
その全てが、最初とは比べ物にならないほど洗練され──放たれる一閃は重く、
思えば、先程の攻撃も危なかった。
脊髄反射が間に合わず、あと少し屈むのが遅ければカイの額は今頃スライスされていたに違いない。
雑念を振り払い、カイは態勢を立て直した影人形と対峙する。
足を踏み込み、腕を方まで上げ、その鋭利な切っ先が人形たちを捉える。
そして真似をする様に、正面の人形が同じ様な構えを取っていた。
──もはや実力は互角か、それ以上だろう。
相変わらず傷口は冷たく痛むし、心身は今すぐにでも倒れてしまいたいくらい疲弊しきっている。
しかし、ノアの前で弱音を吐くわけにはいかない。
こんな俺でも、彼女の中では雄々しく頼りになる守護者なのだから。
──さぁ、ここが正念場だ!
「
吠えながら、カイは爆ぜる様に地を蹴った。
一陣の風の如く疾駆するカイと同時に、影人形もまた動いていた。
ただ無機的に水平に構えられた切っ先が、迫りくるカイの額を捉えた瞬間。
全身の撥条を右腕に収束した、槍の様な刺突。とても目に追えぬ最高の一撃を──。
カイは咄嗟に下段に構え直した長剣で、額に迫る刀身を斬り上げたのだ。
ガキィィン──ッ‼ 金切り音が耳をつんざき、空間がびりびりと震える。
互いの体が大きく仰け反る。
火花の
「ズァアアアアアアア──ッ!」
未だに態勢を崩す影人形に対して、カイの切り返しは凄まじく速かった。
無手になった人形を追撃すべく、掲げられた長剣を両手で握りしめ、全力で振りかぶる。
白き刃風が乱舞する斜め一閃。
無残にも影人形の首と右腕が、根本から切断された。
ぐらりと、人形の体が
薄青色の長剣は、今下段に向いてしまっている。
当然、防御が間に合うはずもなく、刀身がカイの眉間に斬り込まれんとする──その瞬間。
宵闇の刀身を、薄青色の薄壁が阻んでいたのだ。
しかし、受け止められていたのは一瞬だけだ。咄嗟に生成した障壁はいとも簡単に破られてしまう。
だがその一瞬こそ──カイの狙いだった。
一瞬の猶予を得て、体を右にそらす。
眉間に放たれるはずだった刀身は、左肩を際どく掠める程度に終わった。
「――らぁぁぁあああああアアアッ!」
魂の叫びと共に、カイの長剣が人形の首元に叩き込まれる。
強引かつ無造作に引き抜かれると、二体目の影人形は首から黒い
二体の影人形の無力化を確認し、カイは即座に横っ飛びしながら叫んだ。
「──今だっ!」
「消えなさいッ! 《
その刹那。魔術陣から
あらゆる闇を滅する光は、流れ星の如く一筋の尾を引いて伸びる。
身動き一つとれない人形たちに、低速ながらも着実に迫り──。
そして。
純白の光槍は、音もなく人形たちを飲み込んだのだった。
────。
光が晴れると、影人形は文字通り
そんな喜ばしい結果とは裏腹に、周囲は中々に悲惨な有様だった。
アンリの聖性
誤って浄化された地面がえぐり取られるように消滅しており。
当の術者は、その
「……お疲れ」
その場にぺたんと座り込むアンリに歩み寄り、カイは
地面に広がる紅の艶髪と、隠見する汗が伝う横顔は、湿った洞窟でも唯一無二の美しさを放っており。
こんな状況でも、思わず見惚れてしまう。
だが、アンリは少々
「痛た……だから嫌だったのに……あたしにこんな無茶させるなんて、今度何かで埋め合わせしてもらうわよ……」
「生きて帰れたら何でも奢ってやるよ。ん」
不意に、カイがアンリの目の前に拳を差し出す。
一瞬、意図が分からずキョトンとしていたが、やがて意味を理解した様に自らの拳を、こつんっと当てた。
「アンタも一旦お疲れ様。あたしはしばらく動けそうにないから……後は頼んだわよ」
「ああ、任せろ。絶対ノアを取り戻して来てやる……ッ!」
二人は互いに微笑み合う。
穏やかな時はつかの間、カイが顔を引き締めて、不審者に向き直った瞬間だった。
「きゃっ……あああああああああああああああああ──ッ⁉」
聞くも無残なノアの悲痛な叫びが冷たく響いたのは、そんな時だった。
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