第五話

「お、魔王城だ」

 オルスが言った。

「今日は天気が良かったからなぁ。いつもより早く着いたぞ! さて、勇者様ご一行はどこだろう」

 黒雲渦巻き、雷が鳴り響く。辺りは禍々しい邪気に包まれていた。

 城門では、激しい戦いの跡がそのまま残されていた。朽ちた魔物魔獣の死骸。折れた槍や巨大フォーク、怨みがこもっていそうな包丁が地面に突き刺さっている。

 一帯に魔法障壁を展開し、捜索が開始された。斥候らしき魔物が時折魔王城より放たれるが、目に見えぬ魔法障壁に触れた瞬間原子レベルまで分解された。

 戦士、僧侶、魔法使いが次々と発見された。しかし、オルスは彼らの姿を決してアンナに見せなかった。見せられるものではなかったのだ。

 アンナは必死に勇者を探した。腐敗した肉を素手でかき分けた。血を吸った泥を掘った。

 そして、やがて目に飛び込んできたのは、玉鋼の輝きだった。

 ああ……やっと。

 アンナは一心不乱に泥と死肉を掘った。そんなアンナの様子に気付いたオルスが手伝いに走ってきた。

「いかん、アダマンタイマイが邪魔だ」

 体長百メートルくらいはあろうかという巨大亀の死骸がのしかかっていて、それ以上掘り出せない。

 オルスはアダマンタイマイの甲羅を思いきり蹴とばした。ぴゅーーと彼方に飛んで行って、魔王城の尖塔に直撃した。塔が崩落した。

「勇者様……」

 変わり果てた勇者。アンナはそれでもひたと抱きしめた。

「あなたを愛しておりました。お帰りになるのを待っておりましたのに……」

 幸せだった十日間が鮮明に蘇る。愛し合った雪の夜が昨日のことのようだ。

 しかし勇者様はもう喋らない……もう笑わない、泣かない、怒らない。

 指先がちりちりし、口の中がからからになり、目の奥が熱くなった。

「勇者様ご一行を町へお連れするぞ」

 死闘の果てに命を散らした四人の勇敢なる戦士をそれぞれ柩に収めると、町民たちはダンジョン脱出魔法を使って町まで一斉に帰還したのだった。

 勇者一行は町の墓地に丁重に葬られた。彼らの装備品は形見として本国の家族の元へと届けられた。

しかしモリア銀の腕輪だけは、アンナが譲り受けた。

 愛する人に贈った腕輪。

 愛する人から贈られた玉の小刀。

 その両方を身につけている。勇者に護られているように感じた。勇者がそばにいてくれるような気持ちになった。


 そしてアンナは十七歳になった。赤ちゃんを抱いていた。

 愛し合ったのはあの雪の夜だけ。これからもきっとそのままで私は一生を終えるだろうし、そうありたい。

 目鼻立ちは彼に似て、色白なところはアンナに似たようだ。

 彼の血を引くこの子は、きっと勇敢で強く優しく育つだろう。しかし、勇者の血を引いていることは決して明かさぬと決めている。

 愛する息子が父の仇を討つと言い出すことが恐ろしかったからだ。大切なものを失うのは一度でいい。身を裂かれるような思いはもう十分だ。

 息子に乳を与えていると、

「新しい勇者様が来られるそうだ」

 おじいちゃんとなったオルスが言った。

「そうですか。次の勇者様こそ、きっと魔王を討ち果たしてくれましょう」

「うむ。勇者様は私たちの希望の星。信じよう。その子の父親のためにも」

「ええ。この子の将来がどうか平和でありますように」

 窓の外を見ると、しんしんと雪が舞っていた。


Fin.

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魔王退治の旅終盤は、雪国と相場が決まっているようです 深瀬はる @Cantata_Mortis

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