幽霊と肝試し

 クーラーボックスの中は見事に肉で埋め尽くされていた。

 そろそろ頃合いだろうとバーベキュー広場に移動し、夕餉の支度を始めるためキャリーカートの荷を解いたところ、それが発覚した。肉だ肉だと言ってはいたが、本当に肉しか持ってきていないとは誰が予想できただろうか。喫驚した夢子ゆめこが呆れ顔で不備を問い詰めるも、当の清治せいじは「そりゃ肉ばかりだけど、そもそもバーベキューは肉を焼くものだろう。なにか問題があるのか?」と首を傾げるだけであった。東根ひがしね清治せいじという男の人となりを、それなりにではあるが了解していたつもりのようと夢子もこれには大いに閉口し、脱力した。

 早急に対策が練られ、買い出しの派遣が議決された。

 幸いスーパーマーケットまではそう遠くない。が、いかんせんここは山の上だ。未だ日は東の山脈より顔を出しており気温も高く、山道を往復する苦労は誰もが避けたいと思うところであった。元をたどれば、ということで清治を遣わすことに一度は決まりかけたのだが、この男に全てを任せてはさらなる惨事を招きかねないという夢子の発言から、残る三人でじゃんけんにより選出することになった。

 結果として、夢子がグーを出して負けた。しかし女の子一人では危険だの荷物持ちが必要だのという意見が清治と寒河江さがえからあがり、結局陽も一緒に行く事になった。

「あーあ、面倒くせえ」

 夢子を肩を並べ、坂道を下りながら陽は独り言つ。お前も行けと言われる直前、清治と寒河江が二人でなにやらひそひそ話をしていたようだったが、いったい何を企んでいるのやら。

 スーパーマーケットに到着すると夢子は陽にカゴを持たせ、流れるような足取りで売り場をめぐり、食材や調味料をぽんぽん放り込んでいく。一見してデタラメなようでもあるが、必要最低限の物を値段優先で吟味しつつ選んでいる。うまいものだ、と陽は感心する。

 多分、夢子は誰が負けても買い出しに同行するつもりだったのではないか。虫の飛び交う山中で煙に巻かれて炭熾しをするより、涼しいスーパーで買い物をしていたほうが文明人らしい。

「手慣れてるな」

「そう」

 夢子は焼きそばの袋を見比べながら生返事。三玉入りを二つカゴに入れる。

「うん。なんか主婦みたい」

「なにそれ。なんか馬鹿にされてる気がするんだけど」

「いやいや、褒めてるんだって。将来はいい奥さんになると思うな」

「やめてよそういうの」

 夢子は困ったように顔をそむけた。

「編集部じゃ皆の頼れる先輩だし、清治の操縦も上手いし。なんていうか、良妻賢母ってのがしっくりくるな。きっと子供も夢子に似て――」

「やめてって言ってるでしょ!」

 茶化すような陽の言葉を、小さな叫びが打ち据えた。

 聞き分けの無い子供をたしなめるというよりは、嫌悪や恐怖からくる反射的な拒絶のような、深刻なトーンだった。

「あ……、ごめん」

 陽は咄嗟に謝って、横目で周囲を窺う。なんだ痴話喧嘩か、と誰かの呟きが耳に届いた。気まずさに目を泳がせた先、棚にあった袋に手を伸ばし、

「ほ、ほら、桜えび。焼きそばに桜えび入れるの好きだろ夢子」

 取り繕うようなその態度に、夢子はこんどこそハッキリした瞋恚の目を向けた。

 殺意すら纏うようなその剣幕に、陽は全身を縫い付けられる。

 だが夢子はすぐに眉を下げ、自嘲するように顔を逸らした。

「ごめんなさい。変な声だしちゃって」

 陽が言葉に詰まっていると、夢子はその手から桜えびの袋をむしりとってカゴに入れ、

「じゃあ、次は野菜」

 そそくさと次の売り場へ歩いていった。


 二人が戻る頃には、炉の準備はすっかり整っていた。

 夢子は編集部仕込みの統率力で三人を使い倒し、一方で自身もてきぱきと料理をこなした。

 和気藹々とした、楽しい夕餉だった。

 肉はなかなかに上等だったし、夢子特製の焼きそばも好評を博した。フュシスは鹿肉を気に入ったらしく、夢中になってかぶりついていた。

 全てを平らげ一息ついた四人と一匹は、心地良い疲労を腹に抱えてしばしまどろんでいた。

 チリチリという熾火の囁きに意識をたゆたわせていると、清治がおもむろに立ち上がった。

「さぁーて、そろそろお次のイベントにいきますか」

 何をはじめるのだろうと訝しむ陽と夢子。清治はひとつ咳払いし、

「夏の夜といえばぁ――」

 言葉を溜めて身体をひねり、

「肝試しだぁーっ!」

 拳を突き上げて高らかに宣言した。

「いっえぇーいっ!」

 寒河江が拍手した。

 陽と夢子は黙した。

「――ってなんだなんだぁお前ら、その顔は。ほら、イェーイ」

 両手を上げるその姿に、二人は呆れた顔で、

「肝試しって……、小学生じゃあるまいし。ていうかまだ6月じゃない」

「寒河江とこそこそ話してたのはこれか」

「ここはせめて話だけでも聞いてくれって。せっかく準備したんだからよ」

 そう言って清治は説明を始めた。

 その昔、このバーベキュー広場がある南側の山頂には、この地方で一番大きい山城が築かれていた。城は四百年ほど前に攻略され、その跡地には神社が建立された。

 その神社のどこかに、を置いてきたのだという。

 それを一人で取ってくる、というのが今回の肝試しの趣旨だ。

「こういうものは普通、ペアを作ってやるもんじゃないのか」

 陽が疑問を投げると、清治は答えた。

「クジで決めても四人じゃ三通りにしかならないし、この面子でペア組んでも面白くもなんともないだろ」

「まあ、そうだけど」

「それとも何か、もしかしてお前、怖いのか。ん?」

 別に怖くは無い。人一倍臆病なことは自身でも認めるところであるが、夜道を歩くくらい別にどうってことはない。山道とはいえ知らない道のりではないし、クマやイノシシが出ないぶん気楽ですらある。お望みとあらば境内にテントを張って一晩を明かしてもいい。

 そう、ただの夜道ならば――

「そういえば、神社の少し下の方に古井戸が何個かあったじゃない」

「おいこら夢子やめろ」

「あの井戸が在ったところには、曲輪っていう防御陣地があったの、それでね――」

「だからそういうのやめてえぇぇ」

 どうやら気が変わったらしい。

 陽の嘆願などこれっぽちも意に介さず、夢子は淡々と話を続けた。

 ――時は戦国の頃。とある乱により敵対勢力がこの地へ攻め入った。当主らは援軍が到着するまで籠城を決め込み敵の足止めを図ったのだが、防衛線を構築していた一番下の曲輪で、事件が起こった。

 防御陣地を破られた際は、井戸の水を敵に奪われぬよう毒を流すことになっていた。しかし何者かがその毒を、陣地が攻め落とされる前に井戸に投げ入れ、さらには数人の兵がその水を飲んで倒れてしまった。

 複数の証言から一人の女が犯人として浮かび上がった。当主はすぐさま死罪を命じ、女は夫である武士の手により首を刎ねられ、夫も自ら腹を切った。

 しかしその後、内通者が捕まり、尋問したところ自分が井戸に毒を入れたと白状したのだ。内通者はアリバイ工作と人心の誘導により、処刑された女に罪をなすりつけていたのだった。

 回し者はもちろん処刑され、しばらくして援軍も到着し、辛くも敵を退けることに成功した。

 しかし、それ以降、曲輪の周辺で度々おかしなことが起こるようになった。井戸の毒抜きをしていた者が気を違えて倒れたり、夜中に突然、どこからともなく人の叫び声が聞こえたり、井戸の周辺で白装束の女の姿が目撃されたりした。そして――

「今でもね事件の濡れ衣を着せられた女の幽霊が、曲輪のあたりを彷徨ってるんだって。そして夜、井戸の近くを通りかかると、木々の間から真っ白な女の生首が――」

 陽は引きつった顔でイヤイヤをする。

 逃げようとする陽を羽交い絞めにしている清治が息を呑む。

「おまえかああぁぁっ!」

「ひゃあぁっ」

 夢子は三人の悲鳴に満足したかのように頷き、顔を照らしていたライトを清治に手渡す。

「はい、ということで東根、いってらっしゃい」

「なんで俺が!」

「いいだしっぺでしょ。ほら、さっさと行った行った」

 観念して山道に入ってゆく清治を「生首に気をつけてくださいねー」と寒河江が煽った。

 とりあえず先鋒は回避できた、と胸を撫で下ろす陽に夢子が追撃をかける。

「よー君好みの不気味系な話もあるから、楽しみにしててね」

 楽しみにしてるね、の間違いではないのかと陽は思う。


 今なら蜘蛛の巣に引っかかっただけで死ぬと陽は思う。

 清治、寒河江、夢子とそれぞれ山に入っていき、とうとう陽の順番になった。さっさと行って済ませようと立ち上がる陽を押さえつけ、三人は嬉々として怪談を披露した。

「――だからね、よー君。神社の階段を降りる時は、決して振り返ったらだめだよ。それを忘れて、振り返ってしまうとね、階段の上から得体の知れない何かが、物凄い勢いで追いかけてくるの」

「そういえば私、神社の階段から少し行ったあたりで、変な音を聞きましたよ。……なんかこう、硬い爪のようなもので石段を叩くような、コツコツコツって音が」

「あ、俺も俺も。なんかあの辺りで草薮がガサガサいってよ、すっかりビビって小走りで逃げてきちまった」

 首筋にまとわりつく緊張を振り払おうと、陽はぶっきらぼうな口調で、

「ハッ。どうせ野生動物だろ。ほら、この山カモシカ住んでるし。なあ夢子?」

「この時期の子連れのカモシカは気が荒いから、それはそれで危ないと思うよ」

 なけなしの虚勢も挫かれた。

 己を鼓舞する時間も与えられず、半ば追い立てられるようにして神社の裏へと続く道の入口に立たされる。もうそれなりの時間なんだからさっさと行って帰って来い、という非情な声に急かされて、陽はしぶしぶ歩を進めた。

 空気は驚くほど冷えきっていた。

 虫の声もまだ少ない、土と草の匂いに満ちた湿った空気の中を、泳ぐように歩いてゆく。

 まわりを市街地に囲まれ、すぐ近くには交通量の多いバイパス道も走っているというのに、自分の呼吸音すら吸い込まれて消えるような深く静かな闇だった。青白い電灯の光が、人一人が通れる程度の細道を無言でなぞる。枯れ松葉に敷き詰められた道は絨毯のように柔らかく、足音は耳に届くまもなく減衰して霧散する。

 過去に何度か通ったことのある道が、今はまるで異国の道を辿るように感じられた。

 だしぬけに、言いようのない不安が押し寄せる。

 もしかしたら自分はすでに異界に踏み入ってしまっているのではないかという恐怖が背筋を撫ぜる。いますぐ広場へ逃げ帰りたい衝動が急速に膨らみ、しかし引き返してしまえばそれこそ本当に異界へ迷い込んでしまい、闇の中を永遠に彷徨うことになるのではないかという妄想が、頭の隅から消えてくれない。

 そうなるともう立ち止まることすら恐ろしかった。冷たい焦燥を脳天から浴びながら、夢子があんな話をするからだと恨み言を心中に呟く。

 木の根が張り出した坂道を注意して登り、蛇のようにくねったブラインドコーナーを曲がると、さらに急な斜面が現れた。

 さすがにそこだけはコンクリが打たれ、階段が設けられていた。

「よっこらしょ、と」

 陽は自分を励ますように呟き、わざと大きな足音をたてて階段を上る。

 そしてふと、行く先をライトで照らしてみるとそこに、


 白い服を着た女が座り込んでいた。


「うわあっ!」

 驚きのあまりバランスを崩し、危うく階段から転げ落ちそうになる。

 咄嗟に階段を降りようとし、しかしここで踵を返しては取り殺されてしまうとなかば本気で思う。もはや自分のモノとは思えない足をつっかえ棒にしてその場に腰を押しとどめ、唯一の武器であるライトの切っ先を向ける。

「ちょっと陽ちゃん眩しいってば」

 真っ白な光に照らされたゆーこは、目を細めて顔をそむけた。

 その姿を認めた陽はがっくりと肩を落とした。

「ぅあーもうー」と情けない声を吐き出して、ゆーこの元に歩み寄る。「脅かさないでくださいよぉー。マジで幽霊かと思ったじゃないですか」

 非難するような声で陽が言うと、ゆーこは一瞬の間を置き、盛大に吹き出した。

「あはははっ。なーに言ってんの、マジもんの幽霊じゃん私」

「――あ」

「陽ちゃんってばほんとスットボケてるんだから、ウフフ」

「……ははは」

 肯定するようにこぼれた笑いはしかし、滑稽な自分を嗤うというよりは安堵の気持ちから出たものだった。

「あ、ゆっとくけど私、脅かす気なんてなかったんだからね。陽ちゃんが勝手にビビっただけだからね」

 歩き出した陽に肩を並べて、ゆーこが言った。触れられないと解っているのに、陽はついつい道の端に寄ってしまう。

「そんなら登場の仕方をもうちょっとマイルドにしたらどうなんですか。せめて、今から出るよー、みたいな声でも掛けてくれれば」

「なにそれ昭和の銭湯みたい」

 と無邪気に笑うゆーこに、陽は頬を緩ませかけて思い出す。

「ていうか、昼間のアレはなんなんですか。勝手に人の口乗っ取って。僕は腹話術人形じゃないんですからね。お陰で皆に嘘をつくハメになっちまったじゃないですか」

 ゆーこは「ごめんごめん」と少しも反省の色が無い声で言って、

「でも、あの場はああやって収めるしか無かったと思うよ。それに、今のあの子たちには安心が必要なんだと思う。物事は良い方に向かっている、正しい道は見えている。そういうものが、今は必要なんだと思う」

「安心……ですか」

 不安なのは自分だけではないのだと、陽は目が覚めるような思いで認識を新たにする。陽や夢子だけではない。清治や寒河江にも彼らなりの日常というものがあり、それぞれのペースで時を刻んでいる。自分やゆーこはその歯車の一部だったのだ。そしてその平和な回転が、安心できる日常の一部が、永遠に失われてしまったのだから。

 でも、と陽は思う。そんな欠けた歯車となった自分が彼らを癒せるのだろうか。たとえ自分の記憶が戻り、元の位置にくっついたとしても。隣にあるべき『ゆーこ』という歯車は永遠に失われたままなのだ。

 彼らの心に『ゆーこ』という亡霊の歯車が居座り続ける限り、その日常は空転し続ける。

「でも、所詮はニセモノの安心でしょ」陽は語尾を上げてゆーこに問う。「やっぱり不誠実っていうか、残酷ですよ。だって真実を――嘘を吐かれていた事を知ってしまったら、やっぱりそこには失望しかないんだから」

 ゆーこは短い黙考を挟んで言う。

「嘘の力はね、想像の力なんだよ。嘘を騙るということは物語を語ることと同じ、想像力を必要とする作業なの。だとすれば一応は記憶を取り戻す努力の一環だと言えるんじゃないかな」

 嘘も方便ってやつですか。という合いの手に頷いて、

「ま、実際その重荷を背負うのは陽ちゃんだしね。幽霊の私は治外法権だもーん」

 おどけた語調で言って、再び未舗装になった坂を栗鼠のように駆け上がり、振り向く。

「でもね、私は安心するよ。あの子たちの顔を見て、声を聞いて、こうやってあなたと一緒に歩いてる時は、自分はまだ死んでないような、この世の住人で居られるような、なんだかそんな気がするから。――たとえそれが、嘘だとしてもね」

 踵を返し、さっさと道の先に消えていくゆーこ。

 言葉を返し損ねて足を止めた陽は一人その場に取り残される。ゆるりと肌を撫ぜる夜気に呆けていた頭が震え、足早にゆーこを追いかけた。

 不意に傾斜が水平に近づき、道が開け、神社の裏手に出た。

 世辞にも広いとはいえない山頂は周囲の木々のせいもあり、まるで海の底のようだった。

 闇の中にあってなお黒々と重い影を見せる社殿が、千引きの石のように沈んでいる。

 電灯を振り回した先、拝殿の回廊に腰掛けたゆーこが白い足をぷらぷらゆらしていた。

「一人で勝手にいかないでくださいよ。明かりもないで危ないでしょ。怪我でもしたらどうするんですか」

 非難する声の裏にはしかし、安堵が満ちていた。

「フフーン、必死になっちゃって。おいてかれて怖かったんでしょ。つーか怪我って、生者じゃあるまいし」

 全くの図星だった。

「べ、別に怖がってなんかないですよ。なんたって目の前に幽霊がいるんだし、今更何を怖がれと。つーか怪我とかあれだし、皮肉だし、ちょっとからかっただけだし」

 苦し紛れな強がりを見せる陽に、ゆーこは子供の相手をするような態度で言う。

「はいはいそうね。陽ちゃんはオバケなんか怖がらない強い子だもんねぇ」

 なげやりなあしらいに敗北感を煽られた陽は口をへの字に曲げる。

「んなことより、さっさと見つけるもん見つけて帰りましょ。なんかもう足疲れてきました」

 陽は境内の正面へと歩きながら、目印のものを探し始めた。


 清治はリストバンド、寒河江は帽子、夢子は缶ジュースをそれぞれ持ち帰ってきていた。わかりやすいものをわかりやすい場所に置いてきた、と清治は言っていたが、しかし境内をひと通りライトの光で浚ってみても、それらしいものは見つからない。

 焦りを募らせながら拝殿の裏の方を探し回っていた時、正面の方からゆーこの声が響いた。

「ねえねえ、これじゃない?」

 律儀に靴を脱いで回廊にしゃがみこむゆーこが手招きをする。その足元、痩せて木目の浮き出た床板の上に光るものが一つ。

 クルミ大の鈴だった。

 電灯の光を鋭く反射するそれは、今さっき買ってきたばかりのような新しさだった。すべての色がくすんだ社殿にあってひときわ目立つ金属の光沢。なぜ気づかなかったのだろうと二人は首を捻るが、とりあえずこの鈴の他にそれらしいものはないので持ち帰ることにした。

 急な正面階段を降り、鳥居をくぐる。

「あ、ほらほら陽ちゃん。そこに井戸あるよ井戸」

「アーアーアー、キコエナーイ、アーアー」

 ゆーこの嫌がらせに鈴を鳴らして抗議した陽は、行きとは違って平坦な道を足早に進む。

 バーベキュー広場の手前でゆーこは消えた。例のごとく唐突に、まるでスウィッチを切り替えるみたいだった。それがゆーこの意思によるものかはわからない。だがゆーこの意思でないとするならば、そのスウィッチの裁量は多分、神様ってヤツの袂にあるのではないかと考えてみて、陽は少しだけ安心を覚える。


 掲げられた戦利品に、三人は一様に不可解な顔を向けた。

「それ、俺が置いてきたものじゃないぞ」

 という清治の言葉を捕まえ損ねてぽかんとする陽に、

「東根が置いてきたのはタオルだよね。鈴なんてどっから持ってきたの」

 怪訝に眉を寄せる夢子。その言葉に寒河江が乗っかる。

「タオルって、階段の手摺に結んであったのですよね。私、結構隅々まで調べてきたんですけど、こんな鈴どこにもなかったはず……。ちょっと隹先輩、もしかしたらコレ、持ってきたらマズイもの持って来ちゃったんじゃないですか」

 鈴の音が耳障りなのか、フュシスは逃げるように主の後ろへ隠れた。

「……マジ?」と陽は頬を引き攣らせた。

 返してきたほうがよいのでは、という寒河江の意見により今度は全員で――フュシスは留守番だが――山に入った。

 言葉少なに山頂の神社へたどり着き、鈴を元あった場所に置いた四人は念の為に拝礼し柏手を打った。気味の悪い雰囲気を引きずったまま正面階段を降りていると、

「ほら、あれ」

 清治がライトで照らした先、階段の中央にある赤い手摺にタオルが結び付けられていた。普通に歩いていればまず見落とすことは無いと思われたが、しかし――

「こんなタオル、見覚えないぞ」陽の記憶にはなかった。

 皆を担ごうと嘘を吐いているのでは、と疑う三人であったが、呆然とした陽の顔に真実の色を読み取り、息を飲み込んだ。

 湿った大気が林間を流れ、ゆっくりと、しかし強かな風が木々を揺らした。

「今、鈴の音がしなかったか」

 清治のつぶやきに全員の背筋が粟立つ。張り詰めた神経が、暗闇と木々のざわめきの底で幽かな鈴の音を幻聴する。あとは針で突っつくだけだった。「もうやだぁっ」と小さな悲鳴を上げて寒河江が駆け出したことで、膨らみきった恐怖が弾けて雪崩れを起こす。

 場の雰囲気に巻き込まれた四人はそれぞれ声にならない悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。

「ちょ、ちょっとまてお前ら!」出遅れた陽は足をもつれさせながら三人を追いかける。

 冷たい汗が流れる頭の隅でふと、鈴を鳴らしたのはゆーこではないかと思う。

「わああーっ」

 ヤケクソのように叫ぶ喉の奥からは、陽の意思とは関係のない笑みがあふれていた。

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