第10話「甘いアイドル」(4)
爆炎が上がった。
「……かかった」
地雷の爆発に反応し、ミミは身構えた。
あの爆発は、ファウが奇襲をかけるための布石に違いない。そう確信した。
ミミはトラップを設置する上で、わざとギリギリ抜けられる程度の隙間を残しておいた。煙が晴れきる前に、その道を通ってファウは迫ってくるはず――
(さあ、来るなら来い!)
フルーレを構え、万全の迎撃体制をとる。
煙のわずかなゆらぎも見逃さない。必ず仕留めてみせる――。
だが、そんな思いとは裏腹に、ファウは全く現れない。
そのまま、煙は晴れてしまった。
「チッ、どこから来る?」
間奏に入った刹那、ミミはあらゆる可能性に備えた。
背後、上空、足元……。しかし、奇襲を仕掛けに来るはずのファウの姿は、どこにもない。
まさか。と、先ほどの爆心地に目をやる。
――居た。周到に盛られたスイーツに囲まれたまま、ファウはその場に倒れ込んでいた。
「……死んだフリか」
以前のミミなら、ファウの良いように翻弄されていた事だろう。しかし今は、相手のやり口も研究し尽くしている。
焦ることも気負うこともなく、距離を保ち、淡々と追い打ちをかける。ミミは冷静に、それが正解だと判断した。
――そしてファウも、そんなミミの精神性を信じた。
「今だ!!」
アキラが拳を握る。この瞬間を待っていたのだ。
放たれたキャンディーのミサイルが爆発する寸前、ファウは一気に加速し、それらをくぐり抜けた。
一呼吸遅れての爆風を背に受け、ファウは更に加速する。
「ちょっ……」
眼前の機雷群が、激しい爆音を上げる。いくら勢いがついたとはいえ、ここまで強引に突破しようとするとは。まるで自殺行為だ。
だが、ファウの歌は止まない。
息を呑むミミの眼前で、爆煙からぬらりと抜け出たファウの眼が、妖しく光る。
両脚を刈り取る鋭いタックルが決まり、そのままファウがマウントを取った。
「……あんたも、死んでも勝ちたいってクチ?」
「別に。痛いのには慣れているだけだ」
「あっ……そう」
闘技場時代であれば、ここで頭部をメッタ打ちにして終わりだ。しかし、アイドルは顔が命。ファウは流れるように関節技へと移行した。
しかし、そこで触れたミミの身体に、ファウは異様な違和感を覚えた。何度もシミュレートしたシャドーと、何かがズレている。
肉質、体格……。確かにそれはそうであった。想像以上に仕上がっている。しかし、それ以上に何かがおかしい。
「……胸かっ!!」
「当たり」
逃げ遅れた。
ミミの胸部に仕込まれた餡饅から、指向性の爆風が放たれる。ほぼ密着していたファウは、その熱と衝撃をモロに食らってしまった。
「自爆かっ!?」
この戦法は、アキラにとっても想定外だった。使用者本人には若干の耐性があるとはいえ、あれだけ近接しての爆破はリスクが大きすぎる。
しかし、吹っ飛ばされたファウとは対照的に、ミミには大きなダメージが見られない。
ただ、ミルフィーユパイの残骸が、ミミの胸からパラパラとこぼれ落ちていく。
「
ミミは餡饅の下にミルフィーユパイを敷くことで、爆発の衝撃を分散させたのだった。
「さて、当たりが出たからもう一本……!」
破れた衣装をクリームで補修するのと同時に、アイスキャンディー型の手投げ弾を構える。
ファウは倒れたままピクリとも動かない。が、性懲りもなく先ほどと同じ手で来る可能性もある。
「なら、こいつでどう!?」
ミミはアイスキャンディーを天高く放り投げた。自由落下しながら空中で爆発する計算だ。これならば、衝撃は地面方向へと拡散する。
「ファウ! 立て! どこでもいいから逃げろ!!」
(逃げる……? 違うぞ、コーチ)
ファウがよろめきながら立ち上がる。
「もう遅い! 逃げ場なんてないのよ!!」
ミミは既に、着々と浮遊機雷を敷設し直していた。がむしゃらな特攻さえ許さない、完璧な布陣だ。
(そうだ……。逃げ場なんて、ない)
その完璧な布陣に向かって、ファウは真っ直ぐに駆け出した。
「狩るのは……私だ!!」
9
「……コーチの火の鳥には、弱点はないのか?」
「あ……?」
公開練習の後、シャワー室にて。さんざ燃やし尽くされ、黒焦げになったファウが問う。
一方のアキラも、久々のアイドルステージで完全に腰をやっていた。
「……まあ、出力がデカい分、相性の悪い能力も多かったな……。水とか土とか石壁とか、あと真空使いとかね」
「真空?」
「本質は炎だからね。燃焼には可燃物、酸素、熱が必要で、そのどれか一つでも潰されるとヤバい」
「可燃物は、この場合オーラだな」
「ま、オーラ切れを狙うってのは定石ではあるけどな。さすがに人気アイドルともなりゃ、そうそう期待できないワケだ」
「それを問答無用で潰せるのが、七月めぐるの《エクリプス》……」
じっと考え込むファウ。その姿を見て、アキラは優しく問いかける。
「やっぱ、あの力は魅力的かね?」
「いや、全然」
「ありゃ」
軽く流され、アキラは拍子抜けしてしまう。が、同時に安心も覚えていた。
「前にも言ったが、あれは私のなりたいアイドルではないからな」
「なりたいアイドル、ね。あたしと一緒に作り上げるって言ってくれたの、嬉しかったよ」
「そうか」
「ねえ。あんたは、どんなアイドルになりたい?」
「まだはっきりとは見えない。でも、少しわかってきた気がする」
おぼろげな光のイメージ。それが何なのか、もう少しで掴めそうな、そんな実感がファウにはあった。
「とにかく、まずは次のステージだ。爆風を避けたり利用する練習は出来たけど、まだ他にやれることがあるかもしれない」
「そうだな。つっても、アイドルエフェクトが無いんじゃ、爆弾に対抗するってのも難しいしな……」
「確かに。爆弾か……」
改めてその言葉を口にした時、ファウの頭の中で、何かが引っかかった。
「コーチ」
「なに?」
「あれは……爆弾なのか?」
「……なんだって?」
10
《スウィーツランド》で作り出されたお菓子を起爆させる方法はいくつかある。
遠隔着火方式、時限式、近接・接触式などだ。
能力の制約上、各お菓子は作り出された時点でいずれかの起爆方式に限定されることになる。
ミミの周囲を固めるわたあめやクッキーは、設置罠として用いる性質上、近接・接触式が使われている。
つまりミミの意思とは関係なく、相手が近づくか触れるかすれば、爆発することになる。
だが……。
(起爆しない!? まさか……)
爆発しないわたあめの中を、ファウが頭から突っ込んでくる。
めぐると同様、あるいは全く別の未知の能力か――?
現実として罠が機能していない以上、ミミはとりあえず「そういうものだ」と割り切った。
ミミは即座に距離を取ると、時限式と遠隔着火方式のチョコボンボンをデタラメにばら撒いた。
すると、チョコボンボンの方は正常に爆発した。だが、ファウの勢いは止まらない。
罠に多くのリソースを割いている上、ついさっきも強力な爆撃を行ったばかりだ。突発的な迎撃に回せるオーラ量は、わずかに不足していた。
(機雷だけに何かされた!? となると、罠を一旦解除して……)
この様な事態も想定していなかったわけではない。だが、一手。ほんの一手だけ、対応が遅れた。
手負いとは思えない異常な瞬発力で、ファウが懐に飛び込む。
「……捉えた」
「やっぱり、死んだフリだったじゃないの!!」
咄嗟のフルーレとパイ投げをくぐり抜け、ファウのコンビネーションが炸裂する。
単純な殴り合いでは遥かにファウが上手だ。そう判断したからこそ、ミミは自分の得意分野を押し付ける作戦を選んだのだ。
「こんっっのぉ!!」
虎の子の反応装甲が炸裂する。
だが、一度それをモロに食らっているファウは、完璧に見切って凌いだ。
「ライジング・ガルーダ!!」
天へと向かう、強烈な飛び膝蹴り。とてつもない衝撃がミミの身体を貫く。
(まだよ、まだやれる! こんな所で終わるわけ……には……)
意識が飛びそうになるのを必死でこらえ、ミミはファウを睨みつけ……。
ファウが何かを飲み込んだ後、口の周りをぺろりと舐めまわすのを目撃してしまった。
(え、何。どういうこと、何食ってんの。てか、食べられるものなんて……)
と、何かに思い当たり、ミミはふらりと膝をつき、倒れた。
(まさか、え。あたしの? え、チョット待って。えー……???)
ガス室の猫。ということわざがある。
ガス室に入れられた猫が今も生きているか、それとも死んでいるかは、開けてみるまでわからない。実際にやってみるまで、物事の本質はわからないという意味である。
多様な形、特性を持った爆発物を操るミミの能力には、しかしそれ相応の欠陥があった。
ひとつは条件を満たしてから爆発するまで、コンマ数秒のラグがあること。これはもうひとつの欠陥に起因する。
その、もうひとつの欠陥。ミミ本人ですら気づいていない、致命的な性質。それは、「実際に爆発するまでは爆弾ではない」ということ。
お菓子型の爆弾ではない。「お菓子でも爆弾でもない何か」なのだ。
ファウは何かの能力で機雷を無効化したのではない。機雷になる前にその一部を「食べて」しまうことにより、食べられるもの……ただのわたあめとして存在を確定させてしまったのだ。
推測はしていたが、確信があったわけではない。だから煙幕の中、試しにつまみ食いをした。鍛えられたファウの早食いであれば、起爆前に一口平らげてしまうことなどたやすい。
あとは本来の作戦を遂行しつつ、最も効果的に虚をつける瞬間を待っていたのだ。
(だからって……食うか普通……)
おおよそのカラクリを一瞬で察し――そしてミミの心は、完全に折れた。
●エンパイア・プロダクション 江藤ミミ(EXIA)
○レッドフロント ファウ・リィ・リンクス
(FH:ライジング・ガルーダ)
(FS:Return of the phoenix)
11
「結局の所……。いつも詰めが甘いのよね。あたしは」
「スイーツだけに」
「スイーツだけにね」
「黙れ」
遠慮なく茶化してくるさなぎとサリエをキッと睨みつけ、ミミはオレンジジュースを飲み干した。
「どーせ、あたしは自分の能力もロクに把握してなかったおマヌケですよーい! 笑わば笑え!」
「あははは」
「めっちゃウケる」
「ころすぞ」
荒れに荒れまくるミミをみかねて、万里がフォローを入れる。
「まーまー。ミスは誰にでもあるもんじゃし、これから修正してけばええじゃろ」
「……これから……?」
「あ」
空気が凍りつく。万里もすぐに失言に気づいた。
「これからなんて無いのよ~! あたしのアイドルリーグはもう終わっちゃったの~!」
「あ、いやいや、そんなこたあ無いぞ!? まだ来年もその先もある!」
「そうそう、予選の消化試合だってまだ残ってるぞ」
「最後まで悔いを残さずやろう。ブイ」
「お前らえーかげんにせえよ!?」
ひとしきり喚き散らした後、ミミの目が据わった。
「わかったわよ! いーわよ! 来年でも再来年でも、何十年でもアイドルやったるわい!」
「え、頂点取れなかったら辞めるんじゃなかったの?」
「取れるまでやる! 取ってもやる! そう簡単にやめてたまるか!! 文句ある!?」
ヤケクソに叫ぶミミ。サリエは目を丸くして、
「ま……。いいんじゃないの?」
また、茶化すように微笑んだ。
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