第10話「甘いアイドル」(3)

        6


 アイドルのステージにおいて、衣装はドレスカードのデータから読み取られ、具現化される。

 ステージのメカニズムすらよくわかっていない現状、何故そのようなアイテムが存在するのか。一体どういう原理が働いているのか。その詳細はほとんど知られていない。カードそのものは広く利用されているものの、肝心の部分はアイドル協会の更に上、内閣府のアイドル統括部においてさえトップシークレット扱いなのだ。

 とはいえ、原理などわからなくても家電は使えるし車も運転できる。アイドルだって戦える。


 15年前からサイズ更新すらしていない衣装を纏いながら、アキラはふと、そんな事を考えていた。

 体力自体は全盛期より衰えているものの、体型は維持出来ていたらしい。特に苦しいところもない。

 とはいえ、30代半ばにして10代の頃の衣装を着るというのは、結構コスプレ感が半端ない。20代前半、アイドルを辞めてトレーナーになりたての頃にも度々着てはいたし、その時はまだ、それほど違和感はなかったのだが――。


 周囲の、様々な感情が入り混じった視線が鋭く突き刺さる。現役30代アイドルには申し訳ないと思いながらも、正直これはかなり精神的にくるものがあった。


「どこかキツかったか?」

「いや、物理的には全然大丈夫なんだけど……」


 ファウの無垢な態度が、せめてもの救いだった。これがあのクソ生意気な後輩だったら殴り殺していた所だ。

 と、多くのファンやマスコミ達の中に、目を輝かせたギリコの姿を発見してしまった。こういうものは知り合いに見られるのが一番キツい。


(やっぱ、多少無理してでもトレーニング用のを新調しておくべきだった……)


 そんな恥を忍び、ブランクをおしてでも、今回は本格的な実戦経験を積ませたいという思いがあった。

 次のステージに限ったことではない。リーグを最後まで戦い抜くためにも、伝えておきたいことは山ほどある。


「ええい、ここまで来たらやるだけだ! 覚悟はいいな!」

「どんとこい」


 歓声の中、アキラの周りでオーラがゆらめき、燃え上がる。


「《フェニックス・イン・ザ・ダーク》!!」


 かくて、不死鳥は再び舞い上がった。



        7


「七月めぐるを、倒して欲しいのです」


 ライ・ルー・ロン。アイドルだと名乗った少女が来訪した日のこと。

 ファウとアキラが聞いた話は、突拍子もないものであった。


「順を追って話しましょう。私は龍族の使者としてやって来ました」

「リュウ族?」

「一般的には、ドラゴンと呼ばれています。と言っても、私自身は龍の娘ではありますが、ドラゴンではありません。あなたと同じです、鳥の子よ」

「え」


 ファウの生い立ちについては、地球ロストでの格闘技経験があることぐらいしか公表されていない。特に隠そうとしたわけでもなかったが、鳥に育てられたなどというエピソードは、普通に荒唐無稽だ。

 虚を突かれ、ファウが聞き返す。


「ヴァジューカのことを知っているのか?」

「はい、我が母の昔なじみだと。以前、お会いになったでしょう?」

「ああ、あのドラゴンか……」


 ファウは合点がいった。以前の女子会の折、カラオケボックスで遭遇したドラゴン。たしかにどことなく、纒っている空気が似ている。

 一方アキラは、あの時ギリコ達に相談されたことを冷や汗混じりに思い出していた。ファウを病院に連れて行くかどうか、かなり真剣に話し合った記憶がある。


「龍族は大破壊の後、人間とはそれなりに距離を取りつつ、その動向を見守り続けてきました。時に私のような子を育て、人に紛れさせるのも、その一環です」

「アイドルをやっているのも?」

「それは、私の趣味です」

「あ、そう……」


 マイペースにお茶をすすり、ライが続ける。


「まあ、それはそれとして。アイドルという存在が、我々にとって重要だということは確かです」

「というと?」

「大破壊という悲劇を繰り返さないために、人類にはアイドルという儀式を存続してもらわなければならない、ということです」

「???」


 ファウはもちろん、アキラも言わんとしていることがよくわからなかった。


(儀式? アイドルと大破壊に、何か関係が?)


 二人の表情を見て、ライが補足する。


「簡潔に言えば、大破壊は人類や龍よりももっと上位の存在……まあ、便宜上『神』とでも呼びましょうか。その神(仮)が、癇癪を起こした結果なワケです。で、その神(仮)のご機嫌取りのため、人類はアイドルを続けなければならない、と。龍族はその監視役ですね」

「綾羽が喜びそうな話だな」

「宗教の勧誘ならお断りだよ。いや確かにアイドルは宗教みたいなモンだけど」


 いかにも予想通りの反応、と言わんばかりにライは苦笑した。


「ま、私とて伝え聞いただけの話ですから。とはいえ御役目は御役目ですので、現状のアイドル文化を維持したいと、それだけは本心です。……故に、七月めぐるの存在は見過ごせない」

「なぜ?」

「彼女の能力が、アイドルそのものを否定しているからです」


 アイドルのオーラもアイドルエフェクトも掻き消す能力。先日見た《皆既日食トータルエクリプス》に至っては、それがステージ全域にまで拡がっていた。

 そのステージに立つ者を、果たしてアイドルと呼べるのであろうか?

 漠然とした不安をはっきりと突きつけられ、アキラは震えた。


「このままいけば、彼女は自ら滅びるでしょう。それまでに幾人かのアイドルが壊れてしまっても、それはそれで仕方のないことです」

「あんた、その言い方は――」

「ですが」


 激昂しかけたアキラを、ライは強い語気で遮る。


「彼女が勝ち続け、ましてや頂きに立つ。それだけは、避けなければなりません」

「理由は……?」

「後を追う者が出るからです。命を削るやり方であっても、そこに希望があれば、試さずにはいられない」

「待ちなよ。アイドルエフェクトは固有のギフトだろ? 狙って同じ様な能力を得るなんてことは……」

「厳密に言えば、アレはアイドルエフェクトではないですからね。たとえ全く同じ形にはならなくとも、根幹が同じであれば、やはりそれは忌避すべきものでしょう」

「なっ……」

「そして、多くの者が同じ道を歩めばどうなるかは……。想像に難くないでしょう?」

「いや、でもまさか、そんな……」

「ですから。彼女は、敗者であらねばならないのです」

「……」


「言いたいことはわかった」


 言葉を失ったアキラに代わり、ファウが口を開く。


「けど、私達だって元から勝つつもりだ。負けろと言うのならまだわかるが、まさか、ただハッパをかけにきたわけでもないだろう」

「そうですね。今の話は、あなた方への忠告でもあります。見た所、あなたはまだアイドルエフェクトを会得していないようですし」

「私も、同じ方法を選ぶと?」

「そうならないよう、願うばかりですが」


 この少女は、どこまで本気で言っているのか。

 挑発的なその物言いに、しかしファウは毅然と答えた。


「確かに、お前の考えは正しいのかもしれない。だが、私はやはり、あれもアイドルなんだと思う」

「ファウ……」

「その上で、私は同じ道を選ばない。私は私だけの、コーチと一緒に作り上げたアイドルになる」


 思わず溢れそうになった涙を、アキラは必死でこらえた。完全に不意打ちだ。


「まあ、いいでしょう。それだけの信念があるのなら、私も信じてみましょう。残りのステージ、楽しみにしていますよ」

「ああ、期待してくれていいぞ」


 不敵な笑みを浮かべながら、突然の訪問者は去っていった。

 彼女の狙い通りか否か、ファウ達の胸には確かな決意が宿っていた。




「ところであの子、どういうアイドルだっけ? 見たことある気はするんだけど、なんか印象に残っていないというか……」

「調べてみよう。リーグの戦績は……」


 ――2勝16敗。


「えっ、あんだけ大物ぶっておいて!?」

「本当に趣味だったか……」



        8


 ポニーテールだ。


 ステージに上ったミミの姿に、観客達はどよめいた。

 いつものツインテールから髪型を変えたのは、さなぎを見ての思い付きである。だが、このステージにかける意気込みの表れとして、これ以上無いものであった。


「スイーツブログ、いつも見てます」

「そりゃどーもだけど、公式アカでフツーにコメント書き込んでくるのやめてくれる? ビックリするでしょ」

「いや、本当参考になるので」


 握手を交わしながら、気の抜けたやり取りが展開される。

 一時は本気で盤外戦術を疑っていたミミであったが、ここに来て確信した。これは天然だ。

 ならば、と。


「あんたさあ。ここで負けても決戦出れるんでしょ? あたし崖っぷちなんだよね。ここは譲ってくれない?」

「星1つ、ケーキ1年分で手を打とう」

「……ジョークが通じる奴で良かったわ」


 あわよくば精神的に揺さぶりをかけられるかも、というミミの作戦は不発に終わった。思った以上に、ファウの芯は強かった。


(ったく、どういう経験を積めばこうなるのか……)


 形振り構ってはいられない。やれることはなんでもやると覚悟はしていた。が、こうなれば半端な小細工はするだけ無駄だ。


「クロックワークスグレープコーデ!」

「セラフィックブレイザーコーデ!」


 ミミが纏うのは、この日のために新調したドレスだ。

 イントロもそこそこに、高らかな旋律と爆豪が鳴り響く。


「悪いけど、今夜はアンタの見せ場は無いから!!」


 ミミはチョコボール型の砲弾を連射する。

 ファウは華麗なフットワークでかわしていくが、行く手には既に、わたあめ型の浮遊機雷が敷設されていた。合間を縫って接近を試みるも、次々と爆発する機雷に動きを封じられてしまう。


「クッ……」


 ファウは防御を固め、強行突破を試みた。が、どうしても爆発により勢いは殺され、追い打ちによりますます距離を開けられてしまった。


 予想された通りの防戦一方、まさにその構図だったが、当の相手であるミミは逆に警戒を強めた。


(今の、こっちの威力を確認したな……)


 ミミは冷静だった。あのファウ・リィ・リンクスが、無策に飛び込んでくるわけがない。


 と、ここで再び、ファウが突っ込んでくる。

 ミミはホールケーキで爆炎を上げ、煙幕を張った。

 あっという間に、ファウはミミの姿を見失う。


(ここで、隠れるか……)


 一方ミミからもファウの姿は見えないが、ミミの能力からすれば、そこにはあまりデメリットはない。


 ファウが注意深くで歩くと、早速足元に異物を発見した。


 ――それは、クッキーの形をしていた。


(地雷……)


 周りには無数の機雷と地雷。迂闊には動けないが、かといって留まっていれば、いっそう不利な状況に追い込まれるのは目に見えている。


(……やるか)

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