第10話「甘いアイドル」(2)

        3


「何か参考になればと思ったけど、またつまらない展開になったわね」


 スクリーンに映し出された生配信を見終わり、シャルロットは大きなため息をついた。

 アルタの戦闘機のように、アイドルエフェクトでゴリ押ししてくる相手に対してどう挑むか。格闘戦主体の叢雲にとっては大きな課題であったのだが……。


「しょうがないから、他のステージを見てお勉強しましょうか。今の所、やっぱりこの子が一番参考になるわね」

「ファウ、ですか……。しかし師匠マスター、師匠もアイドルエフェクトは使わないタイプのアイドルだったのでしょう? どの様に策を練られていたのか、お話を伺いたいのですが」

「私の現役時代なんて、何の参考にもならないわよ? 私のステージ映像、見たことあるでしょうに」

「拝見した限りでは、どれも鮮やかな一撃KOでしたが……」

「それは結果的にそうなっただけよ。単にフィジカルが強かったから、力押しの速攻でも何とかなったの。そもそも時間が惜しいから、いちいち策なんて考えてなかったわ」

「力押し……? いや、そんなまさか……」

「じゃあ、証明しましょうか。アームレスリングよ」


 フィジカルが強い、とは?

 叢雲は半信半疑のまま、台の上で拳を握った。

 小さな手だ。いくら筋肉が引き締まっていると言っても、体格差は大人と子供だ。これまで何度もスパーリングをしてもらっているが、特段パワーがある様にも思えなかった。


「それじゃあ、始めましょうか。受け身をしっかり取りなさいね」

「は……はい」


 受け身? 何を言っているのかわからないまま、開始の合図がなされ――


「え」


 一瞬で腕を台に叩きつけられた。それでは止まらず、叢雲の体は宙でぐるんと回る。


「受け身!!」


 シャルロットの喝により、かろうじて叢雲は受け身を取ることが出来た。幸い怪我はなかったものの、突然のことに頭の中は真っ白だ。


「ね? 今からではここまで鍛えるのは無理でしょう?」


 冷や汗がにじむ叢雲を、シャルロットが見下ろす。


「あなたは、やれる事をやりなさい」

「はい……」


 鍛える? 鍛えてどうにかなるものだろうか?

 同じ人間とは思えない「何か」の前に、叢雲はただ、首を縦に振ることしか出来なかった。



        4


 エンパイア・プロダクションの公開練習場。そこではエンプロの上位アイドルたちが、次のステージに向けて調整を行っていた。


「随分入れ込んでるみたいだね」

「アンタらと違って、あたしは余裕無いのよ。相手は何と言っても、あのファウだし」


 ステージの脇では、一際目立つ二人のアイドルが順番を待っている。EXIAのミミとサリエだ。


「まあ、あの子が強いってのはもう言うまでもないけどさ。そこまで警戒する必要ある? 爆風でハメ殺せばいい話でしょ?」

「それ、本気で言ってる?」


 ミミの目は冷ややかだ。

 確かに現状の相性から言えば、ミミの方が圧倒的に優位だ。だが、相手も当然その事を織り込み済みで策を用意してくるに違いない。これまでのステージがそれを裏付けている。何より、最大の奥の手、アイドルエフェクトをいつ身に付けてくるかもわからないのだ。

 無数の可能性を想定し、なおかつ自分のスタイルを押し貫かなければならない。そんなステージを控えたアイドルが、どれほど神経をすり減らすことか。

 当然サリエもそんなことは分かっている。その上で気を遣ったつもりだったが、どうやら火に油だったようだ。


 いつもの様に板チョコをかじるミミを見て、サリエはふと違和感を覚えた。


「なんか……ちょっと大きくなってない?」

「何が?」

「いや、体が」


 太った……というのとは違う。成長期で単純に背が伸びた、というだけでもない。全体的に、体つきが一回り、大きくなっているのだ。


「ああ、トレーニング量増やしたら筋張ってきちゃって。それじゃスタミナも落ちるってんで、食べて脂肪の量調節してたら、まあこんな感じよ」

「あれ、ストレスで過食になってたのかと思った」

「ンなわけないでしょ。体調管理はアイドルの基本よ」

「そうなんだ」


 シメにプロテインゼリーを飲み干し、ミミは一息ついた。物憂げな目で、おもむろに天井を見上げる。


「……あたしはね、五年で結果が出なかったら諦めるって、そう決めてアイドルになったの」

「ふーん、じゃあ良かったじゃん。結果出て」

「あたしの言う結果ってのはね、トップアイドルになること」

「……そりゃまた、大きく出たね」

「あの頃は楽勝だって思ってたし、今はまあ、現実を知ったってのはあるけど――。それでもまだ、なれないとは思ってない」

「……青春だねえ」

「あんたは、どうなの?」

「ボクは……。遊びかな、アイドルは。楽しめれば、それでいいよ」

「そーね。あんたいつもそう言ってるもんね」


 二人共、短い付き合いではない。互いの言わんとしていることはだいたいわかる。

 サリエは根っからのゲーマーだ。遊びで楽しみたいということは、死んでも勝ちたいということだ。

 詰まる所、同じなのだ。自分たちはそういうタイプの人種。自分が一番だと信じ続けずにはいられない。そして、それこそがアイドルの本質であると、ミミは確信していた。


 しかし、ミミは時折思うことがある。

 七月めぐる――。ステージの前後、彼女がトイレで吐いているのを何度も見かけた。

 力の代償は、日に日にその身体を蝕んでいくかのようだった。表に出すことはないが、おそらく本当に血反吐すら吐いているだろう。


 あるいは、傷つくためにステージに上っているのかと錯覚しそうにもなる。

 その姿を見て、こう思うのだ。


 ――果たして私は、勝つために死ねるのだろうか、と。



        5


 昼下がりの海岸通りを、漆黒のバイクが駆け抜けていく。

 リーグ戦が始まってからは無闇に乗り回すことは避けていたが、今回は気分をリセットすることを優先させた。そうせざるを得ないほど、気持ちがぐしゃぐしゃになって沈んでいたのだ。

 自分の無力さに打ちのめされながら、しかしまだ、自分はアイドルであり続けなければならない。あり続けたい。

 そうして何も考えずにかっ飛ばした結果、ギリコがいつの間にかたどり着いたのは、ファウのいる練習場であった。


 さてどうしたものかと躊躇っていると、ちょうど車から下りてきた社長と出くわした。


「どうも、ご無沙汰しています」

「ああ、柩山さんか。怪我の方はもう大丈夫で?」

「ええまあ、大したことはなかったみたいで。カプセルに一晩入って一発でしたわ」

「それは何より。今日は、何か約束があったのかな?」

「ああ、いえ。近くまで来たんで、挨拶に寄っただけで……」


 と、ギリコは場内に続く列に気づいた。並んでいるのは利用者――というより、アイドルの追っかけ達だ。


「あの、今日は何かイベントでも?」

「ああ。次のリーグ戦に備えて、急遽公開練習をすることになってね」

「えっ」

「ここはそれほどキャパもないから、告知は絞ったつもりだったけど、こりゃ溢れちゃうかな。……どうかした?」


 ギリコはうつむき、脂汗を流していた。


(しまった……。ここ最近気分が沈んでチェックが疎かになっていた……。なんたる迂闊!!)


「あの、大丈夫――」

「今から入ることは可能でしょうか!?」

「へ? ああ、まあ、一般無料公開だし、まだ大丈夫だと思うけど……」

「ありがとうございます!!」


 言うが早いか、ギリコは列の最後尾へ向かって走り出した。


「今の、柩山ギリコじゃね?」

「え……。偵察か?」

「サイン頼んだら貰えるかな」

「いや、でも今日はファウちゃんのイベントだし……」


 特に変装もしていないので周囲の注目を集めまくったが、今のギリコにそこまで気を回す余裕は無かった。

 列に並ぶと、早速ネットで関連情報をチェックする。


「ええっと、相手は誰だ……?」


 告知サイトには、練習相手については特に書かれていなかった。

 アイドルのスケジュールまとめサイトにも、情報は出ていない。


「次のステージがミミちゃんとだから、仮想練習するとなると……。爆弾系? 炎系……」


 そこまで思い至り、検索の手が止まる。


「炎系……」


 ギリコは、その答えを知っていた。

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