第10話「甘いアイドル」(1)

        1


「えー、ゴホン。それでは! ファウちゃんの決戦トーナメント、進出確定を祝しまして……かんぱーい!」


 その日、身内だけのささやかな祝勝会が行われた。ミサが腕をふるい、いつもより豪華な夕食が食卓を飾る。


「いやー、それにしてもここまで全勝とか、ホントすごいよねファウちゃん」

「それほどでも」


 ローストチキンを貪るファウの表情も、どことなく誇らしげだ。


「まあ、確かに快挙だな。よく頑張ったよ」

「ん」

「とはいえ、まだ決戦前にステージは残ってるんだ。気は抜いてらんないよ」

「ああ」


(ホントはウキウキのくせに、かっこつけちゃってまあ……)


 二人の様子を微笑ましく見つめながら、ミサは特製ピザを頬張った。

 ミサとて、それなりにアイドル界のことを見てきている。アキラの言うことも、あながち照れ隠しだけでないということは理解できた。


「ま、消化試合って言っても、あんまり気の抜けたステージをお客さんに見せるわけにはいかないもんね」

「それもあるけどね。予選リーグの戦績によってトーナメントの配置が決まるから。今回はワンデイトーナメントだし、負担を小さくして決勝準決勝に専念できるようにしたいってのもある」


 氷室エルに七月めぐる……。一筋縄ではいかないアイドル達を相手に、連戦しなければならないかもしれないのだ。

 理想を言えば、あえて強いアイドルを全員相手取って勝利するのが望ましい。あるいはファウもそれほどの気概でステージに臨んでいるのかもしれない。だがアキラはトレーナーだ。現実的に、長期的に物事を見据えていた。


「それに残りのステージ、とても消化試合って呼べるような組合せじゃ無いんだよな」

「あ、もう相手決まってたんだ。次は誰?」


 アキラはシャンパンを飲み干すと、憂鬱そうに答えた。


「江藤ミミだよ。EXIAの」

「あー。なるほどね。確か結構ギリギリの勝ち数だったよね。そりゃ必死になってくるか」

「いや、それ以前に……。ファウにとっちゃ、かなり分が悪い」

「あ。そう言われると、確かに……」


 楽勝ムードだったミサの顔に、暗い影が落ちる。


「端的に言って、爆弾を広範囲にばら撒ける能力だからな。たとえダメージは抑えられても、強制的にふっ飛ばされるのが痛い。アイドルエフェクトで搦め手を使えるなら、対処のしようもあるんだけど……」

「そういえば、アイドルエフェクトの使えない素のアイドル相手だと、やたら勝率高かったよね」

「高いなんてもんじゃないよ」


 忌々しそうに、その数字をつぶやく。


「――勝率、100%だ」



        2


 ステージの上空に、何かが舞っている。

 鳥……いや、飛行機だ。

 本物よりは幾回りか小型であるものの、その形状、その動きは確かにプロペラ戦闘機のそれだ。


「にゃーははは! いくら攻撃を無効化できるっつっても、そっちも届かなけりゃしょーがあんめえ!」


 機体を傾け、ひょっこり顔を出したアイドルが、地上に佇む相手を煽る。

 地下アイドル、伊能アルタ。そのアイドルエフェクト《ブラッドソード》は、小型戦闘機を具現化するものだ。ここまで格闘技とは程遠い、身も蓋もない戦闘スタイルは、流石に地下でも珍しい。


「そらよっ!」


 行軍歌とともに、機体に搭載された自動小銃が火を噴く。無数の弾丸の雨は、しかし命中する直前にかき消えてしまった。対バン相手――めぐるが常時展開している《エクリプス》にとっては、弾の威力も数も関係ない。

 だが、当然それはアルタも承知の上だ。その上での挑発であった。

 飛行機を具現化して飛ばす、などという能力。それは当然オーラを多分に消費するものであったが、それでも消耗の程度はめぐるより小さいとアルタは判断していた。

 銃撃でプレッシャーを与えつつ、めぐるの限界が来るまで上空を旋回し続ける。それがアルタの描いた、勝利へのステージプランだ。


「セコいとか卑怯とか言われようが、最後は勝ちゃいいのさ!!」


 アルタが高笑いをあげる。

 眼下のめぐるは、はーっとため息をつき、静かに呟いた。


「まあ、概ね同意だけど……」


 その声に、一切の焦りや憤りは見られない。ただ、呆れているばかりだ。


「触られなければ大丈夫ってのは……ちょっと『読めてない』よね」


 上空で勝ち誇っていたアルタであったが、事ここに至り、やっと異変に気づいた。

 めぐるが纒っていた黒いモヤモヤが、身体を伝って地面に流れ出している。否。それだけに留まらず、地面全体へ、ズズズと広がっていく。


「《皆既日食トータルエクリプス》」


 遂に、ステージが黒く覆われる。その不気味な様相を見下ろしながら、しかしまだアルタの心には余裕があった。


「ハッ、そっから何が出てくるか知らんが、こいつのスピードなら全部……」


 と、その瞬間、戦闘機のエンジンが火を噴いた。


「なっ!?」


 続いてプロペラの動きが鈍り、遂には止まってしまった。

 この現象には覚えがあった。オーラを消費しすぎて機体の維持が出来なくなる寸前、その前兆としてこういったことが起こる。


(けど、何で!? このペース配分なら、こんなに早くガス欠起こすはずが……)


 確実に、何かをされたのだ。では、何を……?

 機体はまだ、慣性でかろうじて滑空を保っている。

 アルタはもう一度、黒く覆われたステージを見下ろし……そして気づいた。


「野郎! ステージからのオーラ供給自体を絶ちやがった……!!」


 恐ろしい現象だった。これでは、アイドルはステージからの恩恵を全く受けられない。アイドルのアイドルたる所以を破壊する行為だ。


(って、ちょい待て。オーラが完全に途絶えたってことは……)


「マズい!!」


 アイドルエフェクトによって形作られたものは、オーラが止まればやがて消える。そしてアルタは決して反撃を喰らわないよう、それなりの高度を飛んでいた。つまり。


「嘘だろ、おい!」


 戦闘機が爆発四散する寸前、アルタは脱出レバーを引いた。もしもの時のための安全装置だ。パラシュートが開き、残り少ないオーラでも無事地上に戻れる。


 


 当然のごとくパラシュートも消滅する。あとは自由落下するだけだ。


「ちょっ、待って! マジで! これ死んじゃうから!」


 観客席からも悲鳴が上がる。

 と、地上ではめぐるが落下予想地点めがけて一気に駆け出していた。めぐるとてアイドルだ。流石にステージ上でのは避けたい。

 落下するアルタを空中でキャッチすると、回転受け身により衝撃を殺しつつ着地した。


 歌も止み、静まり返る場内。しばしの沈黙の後、めぐるが立ち上がった。ふたり共に無事であることをジェスチャーで示すと、場内には割れんばかりの拍手喝采が起こり、幕は下りた。

 笑顔で手を振るめぐる。その傍らの地面には、落下のショックに加え《エクリプス》の直撃を喰らったアルタが、軽く失禁しながら転がっていた。




○エンパイア・プロダクション 七月めぐる


●スカイフォーチュン 伊能アルタ


 (FH:エクリプス・ゼロ)

 (FS:空に眠る)

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