第9話「アイドル死すべし」(2)

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「ふん……がっ!」


 ギリコの頭突きが、相手の脳天に炸裂した。

 アイドルは顔が命。しかし顔面でなければギリギリセーフという理屈だ。

 頭突きを食らった相手――EXIAの草薙さなぎは、ふらつきながらもギリコの頭を掴み、


「どりゃあ!」


 お返しとばかりに、渾身のボディーブローをお見舞いした。

 ステージは既に、泥試合の様相を呈していた。

 互いの両腕、両脚はギリコの《ブラック・ウィドウ》による蜘蛛の糸、そしてさなぎの《プランテーション》によるイバラで繋がっている。

 際限の無い能力の相殺の末に、なるべくしてなったチェーンデスマッチの形であった。


「しぶといじゃないか、地下アイドル」

「へへっ、こちとら頑丈なのが取り柄でね」


 二人の長身アイドルが激しくぶつかり合う。どちらもレスリングを主体とするパワーファイターだが、互いに動きを制限され、もはや単純な殴り合いになっている。


「だから、何で髪型どころかドレスの色まで被せてくるんだよ! 遠目で見たら区別つかないだろ!」

「いや、そっちがいつも黒赤系だから、気を利かせて今日は変えたんだよ!! 何で今日に限って青なんだよ!!」

「んなもん、気分だ気分!」

「気分かよ!!」


 二人同時にローキックを放ち、同時にバランスを崩してコケる。互いにそろそろ体力の限界だ。息を切らしながら、何とか立ち上がる。


「よーしわかった。こっから髪切りデスマッチに変更だ。負けたらその鬱陶しい髪、バッサリ切りな」

「オッケー。かわいーくカットしてやるから、後悔すんなよエリートさん!!」

「前髪パッツンにして、ネットに晒してやるよ蜘蛛女ァ!!」


 互いの手と手をがっしと合わせ、手四つ状態での力比べが始まった。

 拮抗しているかに見えた力勝負であったが、徐々にさなぎが押しこまれていく。


「万策尽きたな! これで終わりだ!!」


 勝ち誇ったギリコが、一気に勝負を決めに行く。

 しかし、そこにさなぎの罠が待ち構えていた。


「かかったな! 馬鹿め!」


 さなぎは自ら、後ろに倒れ込んだ。ギリコは勢い余って前のめりになり――


「クリムゾン・ローゼス・アロー!!」


 さなぎの、倒れ込みざまの両足蹴りが直撃する。

 最後の力を振り絞った、アイドルエフェクトのイバラを纏っての必殺技だ。

 ギリコの体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 ギリコが優勢だった歌は途切れ、蜘蛛の糸も消失してしまった。


「ははっ、やっぱり最後は力よりも頭だな……」


 さなぎは立ち上がると、とどめのフォールを決めに行く。

 今の攻撃で少々脚を痛めたが、満身創痍の相手ならば問題ではない。


「捨て身のスタイルは見上げたモンだけど、いくらなんでも喰らいすぎだっての。そんなんじゃ、命がいくつあっても足りゃしないよ」

「捨て身、ね……。あたしは全然、そういうつもりじゃないんだけどな」


 突っ伏しながら、ギリコが反論する。

 と、さなぎは背中に違和感を覚えた。何かが、後ろから引っ張っている。


「!?」


 思わず振り返ってしまったのは、明らかにさなぎのミスであった。この状況で考えられるのは、蜘蛛の糸以外にありえない。

 一瞬でもギリコから目を離してしまったのが、まさに命取りであった。


「スパイディ・ネックブリーカー!!」


 ギリコは飛び起きざまにさなぎの首に腕を回すと、その勢いのまま回転しつつ、さなぎをステージに叩きつけた。


「ぐッ……」


 首と背中への強烈なダメージ。それと同時に、さなぎの身体の要所は蜘蛛の糸で完全に拘束された。もがくほどに、ギリギリと締め上げられていく。


「くっ……そ……」


 さなぎの腕が、力なく垂れ下がる。

 先程までの激闘が嘘のような、あまりに静かな決着であった。



●エンパイア・プロダクション 草薙さなぎ(EXIA)



○Heart Under Grave 柩山ギリコ



 (FH:スパイディ・ネックブリーカー)



 (FS:Good Night My Babe)



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 ステージから数日後、さなぎはギリコに指定された美容院に足を運んだ。口約束とは言え、自分から言いだした髪切りデスマッチだ。今更逃げるのもプライドが許さなかった。


「と、ゆーわけで。今日はこの美容院、貸し切りにしてもらっちゃいましたー!」

「いやいや、おかしいっしょ!? 何でそんな事出来んの!?」


 てっきり控室かどこかで適当に切られると思っていただけに、きちんとした場が用意されたのは若干不可解であったが……。まさか店を借り切るなどとは、夢にも思っていなかった。


「ここの店長がEXIAの大ファンでね。相談したら快く場所を提供してくれたんだ」

「だったらもう、その店長さんに切ってもらいたいんだけど……」


 さなぎのささやかな願いは、しかし届くことはなかった。喜色満面のギリコの手には、既にクシとハサミが握られている。


「本当に大丈夫? やれんの?」

「だーいじょーぶだいじょーぶ。昔バイトやってて慣れたもんだから」

「いや、免許とか……」

地下ココじゃ、そんなん要らないから大丈夫だって」


 絶望的に噛み合わない。さなぎはもう覚悟を決めた。


「で、どーしますお客さん。先っちょ揃えるだけにしとく?」

「イヤ、もうバッサリやって」

「お、潔いねえ」


(最悪、あとでベリーショートに整えてもらえばいいしね……)


 予防線を張りつつ、さなぎは椅子に腰を掛けた。

 と、鏡越しに見えるギリコの挙動が、何やら怪しい。さなぎの長い黒髮をじっと見定め、髪束を手に取り――


「って、なに嗅いでんだ!?」

「はっ、つい……」

「つい!?」


 全く意味がわからなかったが、なにか深く追求してはいけない気がして、さなぎはそれ以上聞くのをやめた。


 その後、シャンプーから一通りの準備を終え、いよいよカットが始まった。さなぎの不安とは裏腹に、ギリコは手際よくハサミを入れていく。


(……まあ、言うだけの腕はあるってことか)


「どうですか、お客さん。最近アッチの調子は?」

「いや、そういうのいいから」


 軽くあしらわれ、ギリコはしゅんとしつつ黙々とカットを続けた。

 店内には二人きり。有線放送の音楽だけが聞こえ、淡々と時が流れていく。


 さなぎが思わず微睡み、やがて目を覚ました頃には、ほぼ形は出来上がっていた。


「こんな感じでどうですかね?」

「……いいんじゃない?」


 思ったより――いや、かなり良い出来栄えだ。さなぎは内心、感心していた。

 すると――


「……これ、聞こうかどうか迷ったんだけど」

「ん?」


 仕上げのハサミを入れながら、ギリコが話を切り出した。今までとは違う、真剣なトーンだ。


「この間のステージの序盤、『ほかの誰か』を想定して、攻撃を組み立ててたよね?」

「え……」

「あ、動かないで」


 核心を突かれ、さなぎは一瞬動揺した。が、すぐに開き直って答えた。


「……そうだよ。別に隠すつもりもなかったけど、わざわざ言う様なことでもないからね。負けた言い訳っぽいし」

「それってやっぱり……。七月めぐるちゃん?」

「……まあ、ね」


 重苦しい空気が流れる。

 絶対防御と一撃必殺を兼ね備えためぐるを相手にするには、現状、ヒット・アンド・アウェイが最も有効な戦法と考えられている。さなぎはギリコを使って、その戦術の感覚を掴もうとしたのだ。


「ひょっとしてあの子……。エンプロ内で浮いてたりする? いじめられてたりしない?」

「いやいや、そこまで露骨なヤツはいないよ。確かに私らにしてみりゃ、横からエモノを掻っ攫われた感じがしないでもないけど……。でもそれだって、コッチがモタモタしてたせいだし」

「ン……」

「それにウチらはもともと、自分以外全員ライバルってトコもあるし。先のことを考えたら、色々対策だって考えなきゃいけない。ただそれだけのことだよ」


 さなぎのリーグ戦における戦績は上々だ。決戦トーナメント出場もほぼ確定だろう。となれば、目先の一戦を練習台にしてでも、本番に備える意義はある。

 七月めぐるは今や、そういう相手なのである。


「めぐるちゃん、勝率はまだギリギリだろ? 決戦残れるのかな?」

「そりゃあ、残るでしょ。上はもう、そういうシナリオでステージを組んでるよ。残り全勝さえすればいけるだろうし、たぶん、全勝する」

「世間もそれを望んでいる……か。プレッシャー、半端ないだろうね」

「そりゃあ、以前の比じゃないだろうね。でも……」


 その先は、言われずともギリコにはわかっていた。

 めぐるは今、アイドルを楽しんでいる。今までになく、純粋に、貪欲に、アイドルを堪能している。


「ま、のめり込みすぎて、オーバーワークな所はあるかもね。ウチでモメるとしたら、そういう部分でトレーナーと、かな」

「オーバーワーク、か……」


 そう単純な話ではないことも、ギリコにはわかっていた。

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