第9話「アイドル死すべし」(2)
4
「ふん……がっ!」
ギリコの頭突きが、相手の脳天に炸裂した。
アイドルは顔が命。しかし顔面でなければギリギリセーフという理屈だ。
頭突きを食らった相手――EXIAの草薙さなぎは、ふらつきながらもギリコの頭を掴み、
「どりゃあ!」
お返しとばかりに、渾身のボディーブローをお見舞いした。
ステージは既に、泥試合の様相を呈していた。
互いの両腕、両脚はギリコの《ブラック・ウィドウ》による蜘蛛の糸、そしてさなぎの《プランテーション》によるイバラで繋がっている。
際限の無い能力の相殺の末に、なるべくしてなったチェーンデスマッチの形であった。
「しぶといじゃないか、地下アイドル」
「へへっ、こちとら頑丈なのが取り柄でね」
二人の長身アイドルが激しくぶつかり合う。どちらもレスリングを主体とするパワーファイターだが、互いに動きを制限され、もはや単純な殴り合いになっている。
「だから、何で髪型どころかドレスの色まで被せてくるんだよ! 遠目で見たら区別つかないだろ!」
「いや、そっちがいつも黒赤系だから、気を利かせて今日は変えたんだよ!! 何で今日に限って青なんだよ!!」
「んなもん、気分だ気分!」
「気分かよ!!」
二人同時にローキックを放ち、同時にバランスを崩してコケる。互いにそろそろ体力の限界だ。息を切らしながら、何とか立ち上がる。
「よーしわかった。こっから髪切りデスマッチに変更だ。負けたらその鬱陶しい髪、バッサリ切りな」
「オッケー。かわいーくカットしてやるから、後悔すんなよエリートさん!!」
「前髪パッツンにして、ネットに晒してやるよ蜘蛛女ァ!!」
互いの手と手をがっしと合わせ、手四つ状態での力比べが始まった。
拮抗しているかに見えた力勝負であったが、徐々にさなぎが押しこまれていく。
「万策尽きたな! これで終わりだ!!」
勝ち誇ったギリコが、一気に勝負を決めに行く。
しかし、そこにさなぎの罠が待ち構えていた。
「かかったな! 馬鹿め!」
さなぎは自ら、後ろに倒れ込んだ。ギリコは勢い余って前のめりになり――
「クリムゾン・ローゼス・アロー!!」
さなぎの、倒れ込みざまの両足蹴りが直撃する。
最後の力を振り絞った、アイドルエフェクトのイバラを纏っての必殺技だ。
ギリコの体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
ギリコが優勢だった歌は途切れ、蜘蛛の糸も消失してしまった。
「ははっ、やっぱり最後は力よりも頭だな……」
さなぎは立ち上がると、とどめのフォールを決めに行く。
今の攻撃で少々脚を痛めたが、満身創痍の相手ならば問題ではない。
「捨て身のスタイルは見上げたモンだけど、いくらなんでも喰らいすぎだっての。そんなんじゃ、命がいくつあっても足りゃしないよ」
「捨て身、ね……。あたしは全然、そういうつもりじゃないんだけどな」
突っ伏しながら、ギリコが反論する。
と、さなぎは背中に違和感を覚えた。何かが、後ろから引っ張っている。
「!?」
思わず振り返ってしまったのは、明らかにさなぎのミスであった。この状況で考えられるのは、蜘蛛の糸以外にありえない。
一瞬でもギリコから目を離してしまったのが、まさに命取りであった。
「スパイディ・ネックブリーカー!!」
ギリコは飛び起きざまにさなぎの首に腕を回すと、その勢いのまま回転しつつ、さなぎをステージに叩きつけた。
「ぐッ……」
首と背中への強烈なダメージ。それと同時に、さなぎの身体の要所は蜘蛛の糸で完全に拘束された。もがくほどに、ギリギリと締め上げられていく。
「くっ……そ……」
さなぎの腕が、力なく垂れ下がる。
先程までの激闘が嘘のような、あまりに静かな決着であった。
●エンパイア・プロダクション 草薙さなぎ(EXIA)
○Heart Under Grave 柩山ギリコ
(FH:スパイディ・ネックブリーカー)
(FS:Good Night My Babe)
5
ステージから数日後、さなぎはギリコに指定された美容院に足を運んだ。口約束とは言え、自分から言いだした髪切りデスマッチだ。今更逃げるのもプライドが許さなかった。
「と、ゆーわけで。今日はこの美容院、貸し切りにしてもらっちゃいましたー!」
「いやいや、おかしいっしょ!? 何でそんな事出来んの!?」
てっきり控室かどこかで適当に切られると思っていただけに、きちんとした場が用意されたのは若干不可解であったが……。まさか店を借り切るなどとは、夢にも思っていなかった。
「ここの店長がEXIAの大ファンでね。相談したら快く場所を提供してくれたんだ」
「だったらもう、その店長さんに切ってもらいたいんだけど……」
さなぎのささやかな願いは、しかし届くことはなかった。喜色満面のギリコの手には、既にクシとハサミが握られている。
「本当に大丈夫? やれんの?」
「だーいじょーぶだいじょーぶ。昔バイトやってて慣れたもんだから」
「いや、免許とか……」
「
絶望的に噛み合わない。さなぎはもう覚悟を決めた。
「で、どーしますお客さん。先っちょ揃えるだけにしとく?」
「イヤ、もうバッサリやって」
「お、潔いねえ」
(最悪、あとでベリーショートに整えてもらえばいいしね……)
予防線を張りつつ、さなぎは椅子に腰を掛けた。
と、鏡越しに見えるギリコの挙動が、何やら怪しい。さなぎの長い黒髮をじっと見定め、髪束を手に取り――
「って、なに嗅いでんだ!?」
「はっ、つい……」
「つい!?」
全く意味がわからなかったが、なにか深く追求してはいけない気がして、さなぎはそれ以上聞くのをやめた。
その後、シャンプーから一通りの準備を終え、いよいよカットが始まった。さなぎの不安とは裏腹に、ギリコは手際よくハサミを入れていく。
(……まあ、言うだけの腕はあるってことか)
「どうですか、お客さん。最近アッチの調子は?」
「いや、そういうのいいから」
軽くあしらわれ、ギリコはしゅんとしつつ黙々とカットを続けた。
店内には二人きり。有線放送の音楽だけが聞こえ、淡々と時が流れていく。
さなぎが思わず微睡み、やがて目を覚ました頃には、ほぼ形は出来上がっていた。
「こんな感じでどうですかね?」
「……いいんじゃない?」
思ったより――いや、かなり良い出来栄えだ。さなぎは内心、感心していた。
すると――
「……これ、聞こうかどうか迷ったんだけど」
「ん?」
仕上げのハサミを入れながら、ギリコが話を切り出した。今までとは違う、真剣なトーンだ。
「この間のステージの序盤、『ほかの誰か』を想定して、攻撃を組み立ててたよね?」
「え……」
「あ、動かないで」
核心を突かれ、さなぎは一瞬動揺した。が、すぐに開き直って答えた。
「……そうだよ。別に隠すつもりもなかったけど、わざわざ言う様なことでもないからね。負けた言い訳っぽいし」
「それってやっぱり……。七月めぐるちゃん?」
「……まあ、ね」
重苦しい空気が流れる。
絶対防御と一撃必殺を兼ね備えためぐるを相手にするには、現状、ヒット・アンド・アウェイが最も有効な戦法と考えられている。さなぎはギリコを使って、その戦術の感覚を掴もうとしたのだ。
「ひょっとしてあの子……。エンプロ内で浮いてたりする? いじめられてたりしない?」
「いやいや、そこまで露骨なヤツはいないよ。確かに私らにしてみりゃ、横からエモノを掻っ攫われた感じがしないでもないけど……。でもそれだって、コッチがモタモタしてたせいだし」
「ン……」
「それにウチらはもともと、自分以外全員ライバルってトコもあるし。先のことを考えたら、色々対策だって考えなきゃいけない。ただそれだけのことだよ」
さなぎのリーグ戦における戦績は上々だ。決戦トーナメント出場もほぼ確定だろう。となれば、目先の一戦を練習台にしてでも、本番に備える意義はある。
七月めぐるは今や、そういう相手なのである。
「めぐるちゃん、勝率はまだギリギリだろ? 決戦残れるのかな?」
「そりゃあ、残るでしょ。上はもう、そういうシナリオでステージを組んでるよ。残り全勝さえすればいけるだろうし、たぶん、全勝する」
「世間もそれを望んでいる……か。プレッシャー、半端ないだろうね」
「そりゃあ、以前の比じゃないだろうね。でも……」
その先は、言われずともギリコにはわかっていた。
めぐるは今、アイドルを楽しんでいる。今までになく、純粋に、貪欲に、アイドルを堪能している。
「ま、のめり込みすぎて、オーバーワークな所はあるかもね。ウチでモメるとしたら、そういう部分でトレーナーと、かな」
「オーバーワーク、か……」
そう単純な話ではないことも、ギリコにはわかっていた。
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