第9話「アイドル死すべし」(1)
1
「あ」
「あら」
医療センターの待合室にて、ファウとエルは思いもかけず邂逅した。
混乱を避けるため、この時間は一般人はシャットアウトされている。待合室には、二人のアイドルだけがポツンと座っていた。
「どこか、悪いの?」
「いや、ただの定期検診だ。そっちは? どこか痛めたのか?」
「どこがってわけじゃないけど、一応、精密検査を色々とね。結構酷くやられちゃったから」
「そうか」
再びの、沈黙。
なんとなく気まずさに耐えられなくなり、エルがため息をついた。
「なんていうか……。格好悪い所を見せちゃったわね」
「え?」
「昨日のステージ、見たんでしょう?」
「ああ、配信で見た」
「『アイドルを教えてあげる』なんて言っておいて、あのザマじゃあ……。格好、つかないわよね」
「そういえば、そんな事も言っていたな」
「……私はね。今まで負けたことがなかったから。だからとっても退屈だった。もっと強いアイドルが現れれば……、それこそ、私が敵わないくらいの、ね。そうすれば、何かが変わると思っていた」
「ふむ」
「でもね……。なんだろう。いざ実際に、こうして負けてみると……。特に湧き上がるものが無いのよ。もっとこう、ワクワクするとか、グツグツ煮えたぎる何かが生まれるんじゃないかって、そう思ってたんだけど」
「そうか……」
「こうなるとね。今までやってきたことって何だったんだろうって思っちゃって。本当にこのまま何も得られないんだったら、それこそ、アイドルを続けていく意味も無いのかもしれない」
「アイドル、辞めるのか?」
「心配は要らないわ。色々としがらみもあるし、今日明日って話じゃない。ただ、いつまでも固執するものでもないかなって」
「そうか……」
その後、看護師に呼ばれ、エルは検査室へと入っていった。
エルが言っていたこと、その抱えている想い……。そのすべてを理解するには、二人の歩んできた道はあまりにも違いすぎた。
ただ、一方的に長々と喋り倒したエルを見て、ファウは思った。
(よっぽど、負けたのが悔しかったのだろうな……)
2
「それでは、あのアイドルエフェクトについては、偶発的に発生したものだということでしょうか?」
「はい。それがうまくハマって、虚を突いた形になったんだと思います」
「これまで無敗の氷室さんに土をつけたというのは、偶然では片付けられない事だと思うのですが?」
「今の時点では、私からは何とも言えません。やはりただのマグレだった……と言われないように、今後も精一杯努力していきたいと思います」
当たり障りのない受け答えで、めぐるの緊急記者会見は幕を閉じた。
めぐるは終始困惑した面持ちで、記者陣には「思いもかけぬ結果に戸惑っている少女」の印象を強く与えた。
しかし退席の際、すぐ側にいたリアだけは見逃さなかった。めぐるの口元が、僅かに緩んでいたのを。
それからというもの、アイドル界は七月めぐる一色であった。
氷室エルに唯一勝ったアイドルとして世間の注目を集め、メディアも大々的に騒ぎ立てた。
その流れに乗らぬ手は無いと、運営も次々と注目株とのカードを組んだ。いずれも実力派の強豪アイドル達である。
まぐれで勝っただけの人気先行アイドル。これで勝てば一気にブームも終わる。生意気な鼻っ柱をへし折ってやる。
そう息巻く挑戦者達を、めぐるは次々と破っていった。エル戦で見せた新しいアイドルエフェクトを完全に自分の物とし、その力を存分に奮った。あらゆる攻撃も防御も無効化し、一瞬でオーラを削り取る。それは、あまりにシンプルで、あまりに無体な強さであった。
一方、めぐるに破れたエルが特に調子を崩すこともなく力を発揮し、リーグで連勝し続けたことも、めぐるの評価をますます上げる要因となっていた。
自分の持つ「力」の実感。勝利。そして称賛と喝采。
すべてが噛み合い、淀みなく回っていく。
「楽しい。楽しい! アイドル……楽しい!!」
今、めぐるはアイドル人生の絶頂に在った。
3
アイドル協会では、年に数回定例会議が行われる。その会議の後は、ホテル等で立食形式の懇親会が行われるのが通例である。
この日の懇親会も、役員をはじめ多くの協会員が出席し、大きな盛り上がりを見せていた。話題の中心はアイドルリーグ、特に最近活躍の目覚ましい七月めぐるについて、であった。
「しかし、エンプロさんも色々と驚かせてくれますな」
「氷室さんもまだまだ快調の様ですし、世代交代の演出……というわけでもないのでしょう?」
「ええ、やはり互いに競い合うことでアイドルは磨かれていきますから。それは同じ事務所内でも例外では無い、ということですね」
お偉方に囲まれ、リアが営業スマイルを振りまく。
それから一通り挨拶回りを終えると、壁際に見知った顔を見つけた。
「センパイ」
そこでは、スーツ姿のアキラが手招きをしていた。
「いやあ、こうして直接会うのもなかなか久しぶりッスねえ。会えない間、そりゃあもう寂しくて寂しくて毎晩枕を涙で濡らして……」
軽口を叩くリアとは対照的に、アキラの表情は険しい。
「無駄口はいい。七月めぐるのアイドルエフェクト。アレは何だ?」
「いやいやいや、いくらセンパイ相手でも、ウチの企業秘密を漏らすってのはコンプライアンス的にマズいっていうか」
「そういう話じゃない」
アキラが語気を荒げる。
「あたしが聞きたいのは、お前らがアレについてどう考えてて、あの子をステージに上げ続けてるのかって事だよ」
アキラは、既に確信を得ている。その様子をひしと感じ取り、観念したポーズでリアは語り始めた。
「あのアイドルエフェクトは、《エクリプス》と名付けました。効果は相手のアイドルエフェクト及びアイドルのオーラの抹消。通常、アイドルエフェクトは段階的に変化することはあっても、原初の形質、効果から大きく逸脱することはありません。が、ごくまれに特定の条件下において、拡大解釈ともとれるレベルの変質を遂げることがある――」
リアがグラスのワインを飲み干す。
「今回の条件とは、『自身の体にオーラを循環させないこと』」
「それがどんなに危険なことか、お前にわからないはずないだろ!!」
アイドルのステージにおいて、体に流れるオーラは生命線だ。相手のそれを削ることが、勝利への筋道。そのはずであった。
今のめぐるは、最初からオーラを捨てている。既に死に体の所を、精神力だけで戦っているのだ。
「リーグ前半のステージ。あの子にはオーラ酔いの兆候が見られました。感受性が高く、精神のバランスが危うい子に稀に見られる現象です。ファンの感情をダイレクトに受けてしまって、しかもそれが自分にフィットしていないと強い拒否反応を起こしてしまう」
「それよりはマシ、とでも言いたいのか?」
「まさか。ウチにとっても大事な大事な今後の主戦力ですよ? 使い捨てにするような真似なんか、出来るワケないじゃないッスか」
「だったら……!」
「もちろん、スタイルを矯正するよう、説得は続けてますよ。けど、なまじあのやり方で勝てちゃってるもんだから、あの子も意固地になっちゃって。どうしてもとなれば事務所を移る、とまで言い出して」
「それで、好きにさせてるって? それじゃあ……」
憤るアキラの口を、リアの手が遮る。
「それじゃあどうしろって言うんスか? 言うこと聞くまで事務所で飼い殺す? それとも放っぽった後で、ヨソに圧力かけてステージに上がれないようにしますか?」
「それは……」
誠意ある説得。確かにそれは理想だ。
しかし、勝ちを渇望するアイドルに、その理想は通用するのか?
アキラはかつて、道半ばに心折れた少女たちを数多く見てきた。
そんな彼女たちが、もしもあの力を手にしていたら……。それを捨てさせることが、自分には出来ただろうか?
それが無理だとなれば、では、アイドルの道そのものを閉ざす……そんな事をする権利が、果たしてあるのだろうか?
アキラは、何も答えることが出来なかった。
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