第8話「孤独のアイドル」(2)
3
「――どーすんのさ。アレ……」
特別席で観覧していたEXIAの他の面々は、揃ってドン引きしていた。
それぞれ、打倒氷室エルと息巻いてはいたが、実際にその力の差をまざまざと見せつけられてしまった形だ。
サリエが、ため息混じりに続ける。
「いや、ボクもこの前まではイケるかも……って思ってたけどさ。今わかった。ムリだわ、アレ」
「はぁ!? ちょっと、何腑抜けたこと言ってんのよ!?」
「いや、だってさ、冷静に考えてみなよ。バンちゃんは確かに四天王の中で最もバカだけどさ。弱くはないでしょ? むしろ、この数年でかなり伸びてた。なのに……」
「うっさい! 降りるんなら勝手にしなさいよこのソシャゲ狂い!」
「ソシャゲ狂い……」
「さなぎ! アンタも黙ってないで、何とか言ったらどうなの!?」
何やら思案していた様子のさなぎが、顔を上げた。
「策なら、ある」
「え……?」
驚くサリエに、ミミが「そらみろ」と言わんばかりの顔をする。
「今真面目に、毒殺を考えていた」
「毒殺……」
思いもよらぬ策に、みな息を呑んだ。
そして、その視線の先には――
「……って、ちょっと! なんでコッチ見んのよ! ふざけんな!!」
4
「いやまー、公式のスペシャルマッチっつっても? リーグ戦績にはカウントされない、お祭りみたいなもんッスから。そんな気負わないで。胸を借りるつもりでね。ドーンとぶつかっていきゃいいんスよ」
「……そう、ですね。ははっ……」
めぐるは、愛想笑いを返すので精一杯だった。
プロデューサーの言葉をそのまま呑み込むには、色々なことがありすぎた。
事務所ですら、勝つことをまるで期待していないステージ。それでも、あえて舞台に上がらなければいけない理由はなにか……?
興行のため? ファンの応援に応えるため? あるいは、これから先の成長のため?
どんなに考えても出ない答えに、モヤモヤは募るばかりであった。
その日のめぐるは、
いつもならば、オフの日は部屋にこもってアイドルの研究か、もしくはイメージトレーニングで一日が終わる。エルとのステージが近いこともあり、地下で何か新しい刺激が得られれば、と思い立っての外出であった。とはいえ――
(駄目か……)
地下アイドルの本場ということもあり、確かにリーグでの戦いよりは過激な部分も多く見受けられた。しかし、即座に活かせそうな発見を得ることは出来なかった。
肩を落とし、帰ろうとしたその時、
「待たれよ、そこな御仁」
「その身のこなし、只者ではないとお見受けした。是非とも我らと手合わせ願いたい」
めぐるは、怪しげな二人組の男に呼び止められた。
一人はバンダナで、一人は帽子で、その目元を隠している。
(しまったな……)
めぐるはうっかり、ここが地下であることを失念していた。地上の法や常識は、地下では通用しない。厄介そうな輩に絡まれるなど、十分考えられる事であった。そこに考えが及ばぬほど、追い詰められていたのだ。
とにかく、面倒事は避けたかった。なんとか隙を作って、その間に走って逃げることが出来れば……。
そんな事を考えていると、ふと、男たちの様子がおかしい事に気づいた。
いつの間にやら、二人の背後に女が立っている。
「そこまでになさいな。あまりオイタが過ぎると、我らが
その顔には見覚えがあった。地下アイドル、大京橋リュウカだ。
冷や汗をかく男たちの背中には、銃口が押し付けられていた。
「ここはステージではない。と、いうことは……おわかりでしょう?」
「こ、これはこれは大京橋どの。ご冗談が過ぎる」
「それは……モデルガンでござろう?」
「あら? 試してみましょうか?」
冗談めいて言うが、リュウカの目は笑っていない。
「――承知した。どちらにしろ、騒ぎになるのは本意ではござらん」
「ご無礼仕った。御免!」
そう言い残すと、二人の男たちは音もなく姿を消した。
呆気にとられるめぐるに、リュウカが声を掛ける。
「まったく、近頃ああいう手合いが増えて困りますわ。大丈夫だったかしら?」
「え? あ……はい。ありがとうございます」
「気をつけなさいな。この様な場所で女の子が独り歩きなんて、感心しませんわよ?」
めぐるは苦笑いを浮かべる。つい先日も、同じことを言われたような気がした。
「まあ、それはそれとして……。少し、お茶でも如何かしら? 七月めぐるさん?」
(あ、やっぱバレてる……)
めぐるは、余計に厄介な人に捕まってしまったと思った。
できればあまり関わりたくない相手だが、危ない所を助けられてしまった手前、付き合わないわけにもいかなかった。
5
「そう固くならないで頂戴。別に壺とか絵画とか睡眠学習枕とか、そういうの売りつけようってんじゃないんですから」
「はあ……」
「違うんですか?」と言いそうになるのを堪えて、めぐるは気の抜けた返事をした。
めぐるが連れてこられたのは、高級そうなバーの一角であった。今にも宗教勧誘が始まりそうな場の空気である。適当な所でさっさと切り上げよう、めぐるはそう思った。
「それにしても、災難でしたわね。デビューして間もないのに、いきなり氷室エルとぶつけられるなんて。人気があるというのも、考えものですわね」
「え……」
いきなり冷水をかけられた気分であった。が、考えてみればアイドル界全体が注目しているイベントである。この話が出ないほうがおかしい。
「ま、所詮はお祭り騒ぎ。せいぜい精一杯ぶつかって、いい思い出にすればいいんじゃなくて?」
また、同じだ。結果は、誰の目にも明らかなのだ。
「……そうですね。ファンの皆のためにも……」
めぐるは、なんとか取り繕った言葉を並べようとする。すると――
「嘘ね」
「え……」
「実にわかりやすいわ。やっぱりあなたは
めぐるは激昂した。今、一番触れられたくない部分だ。
「だったら……。だったら何なんですか? そうですよ、勝ちたいですよ! 当たり前じゃないですか!」
「当たり前……ね。氷室エルに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいですわね。ま、とりあえず座りなさい」
周りの注目を集めている事に気づき、めぐるは少し冷静になった。
「でも……。勝ちたいからって、実力の差はそうそう埋まるものじゃないでしょ? それとも、何か攻略法でもあるって言うんですか?」
「あなたね……。あれだけ無様にやられたわたくしに、それ聞きます?」
「……すみません」
「まあ、いいですけど。でも……そうですわね。たとえわたくしが超一流のトレーナーだとしても、そのアドバイス一つで戦況がひっくり返るなんてことは……まず、ないでしょうね」
「……」
「それは、決意も覚悟も閃きも、全部同じこと。必要なことではあるけれども、すぐに結果が出るわけもない。厳しいようですけれど、それが現実」
「何が言いたいんですか……?」
「次のステージ、あなたは100%負けるでしょう。でもあなたは、必ず勝つつもりでステージに立ちなさい」
「……今後の成長のため……ですか?」
結局、行き着く答えは一緒なのか――
しかし、リュウカは首を横に振った。
「アイドルであるためよ」
「え……」
予想だにしない答えに、めぐるは困惑した。
意味がわからない。何かそれっぽいことを言って、煙に巻こうとしているのではないか?
そんな風に考えていると、リュウカがおもむろに立ち上がった。
「さて……。あとは自分で考えなさいな。お勘定は払っておきますわ」
「あ、ちょっと……」
「それと……わたくし自身は、意外と奇跡は起きるんじゃないかと思ってますのよ」
「え?」
「だって、アイドルのステージって、そういう場所でしょう?」
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