第6話「アイドル☆ガールズ」(4)

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『ここから先は低重力エリアとなります。危険ですので、駆け回ったり飛び跳ねたりしないよう、お願い致します』


「えっと、307号室は……っと、ここか」

「これが……カラオケ……」


 カラオケそのものを知らなかった叢雲はともかく、ファウと綾羽も実際に来たのは初めてであった。興味津々に室内を見渡す。


「ん? 全天周……モニターモード……?」


 ファウがリモコンをいじると、壁一面に外界の風景が映し出された。

 天には星、地上には街の光が溢れている。


「おぉ……」

「すごい景色だね……」


 その光景にひとしきり盛り上がった後、ギリコが備え付けのマイクを手に取り、叢雲の方へと放った。


「さてさて御一行、そろそろ勝負と行こうかい?」


 ふわりと飛んできたマイクを掴み取り、叢雲が応える。


「うむ、是非も無し!」



 それは、文字通りのであった。

 拳より歌が生まれるのなら、歌にもまた力がある。ファウの思いつきは、あながち単なる言葉遊びではなかったのであろう。

 それぞれの声が交錯し、魂を響かせ、ギリギリの一線でせめぎ合う。ステージにも勝るとも劣らない戦闘領域が、そこにはあった。




「――と、いうわけで、優勝は倉橋綾羽」

「なんでやねん!!」


 ファウによって淡々と発表された結果に、一斉にツッコミが入る。


「いや、自動採点で最高得点だったので」

「うわ、反論の余地がねえ!」

「ぐぬぬ……」


 カラオケボックスにおいて、機械の裁定は絶対である。


「えー。この度、この様な栄誉ある賞を頂けたことを嬉しく思います。戦わないアイドルとして頑張ってきたワタクシですが、やはりどちらかといえばコッチ方面のが向いてるんじゃないかなーとも思ったりして」

「アンタもノリノリだな!?」


 満更でもなさそうな綾羽のスピーチにて、カラオケ大戦は幕を閉じた。


 ギリコが時計を確認する。


「あ、まだ丸々一曲分くらい時間残ってるわ。誰か歌い足りないヒトいる?」

「それなら、皆で歌いたい」

「皆で?」


 ファウの提案に、一同は目を丸くする。


「せっかくだから、最後はそういうので締めくくりたい。ダメか?」


 三人は顔を見合わせ、やれやれと穏やかに頷く。答えは決まっていた。


「いいね、やろう」




 戦いの時は終わり、緩やかに歌が紡がれていく。調和と安寧の時代がやってきた。

 些細なわだかまりや行き違いは、どこかへ置いてきた。心の糸は解け、繋がり、結びつき、天へと広がり――


「――ドラゴンだ」


 やがて、龍を呼んだ。



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 眼だ。

 窓の外から巨大な眼が、アイドルたちを覗き込んでいる。

 外は宇宙空間だ。そんな所で生息できる生物など、ひとつしかいない。


「ドラゴン……。初めて見た……」

「マジか? なんかのアトラクションじゃねーの……?」


 突如出現した巨大な物体に、驚きや疑念が入り交じる。

 と、そこに場内アナウンスが入った。


『お客様に、お知らせ致します。只今、当施設にドラゴンが接触しております。当施設の強度は十分にあり、また、ドラゴンは温厚な生物であるため、危険は全くありません。どうぞ、そのままお楽しみ下さい。なお、これはアトラクションではございません』


「マジか……」


 「危険はない」と簡単に言われても、その威圧感は生半可ではない。

 それから誰も身動き一つとれず、声も発せず、ただ、時間だけが流れていった。




 永遠とも思える時間が過ぎ、やがてドラゴンはゆっくりと動き出し、そのまま飛び去っていった。


「っはぁー……。やっべえ……」


 ギリコが第一声を発する。硬直はとけたものの、まだ足が震えている。


「怖かったぁ……。変な汗かいちゃったよ」

「う……うむ……」


 綾羽と叢雲も、生きた心地がしなかった様子である。


「今の、マジでホンモノ、だよな?」

「みたいだね。もうネットニュースに出てる」


 そこには、遠景からのドラゴンの全体像が写っていた。改めてその巨大さに戦慄する。


「あーくそ、あたしも写真撮っとけばよかったなー。せっかくのチャンスが」

「いやいやいやいや無理無理無理無理。あの様にじっと見られていては、迂闊に動けばどうなっていたか……」

「あはは、考えすぎだよ。温厚な生き物だって言ってたし……。いや、確かに私も全く動けなかったけど」


 恐怖から解放され、その反動によるものか、一同のテンションが一気に上がっていく。

 そんな中、ファウだけはいまだ押し黙ったまま、ドラゴンの飛び去った虚空を見つめていた。

 それに気づいた叢雲が、心配して声をかける。


「大丈夫か? 腰でも抜けたか?」


 だが、その返答は意外なものだった。


「いや……。故郷のことを思い出していた」

「は?」

「それって……走馬灯ってやつじゃね?」

「いや、そういうことではなく」


 そう話すファウの顔に、恐怖の跡は見られない。いたって平常だ。


「あのドラゴン、私達の歌に引き寄せられて来たそうだ」

「へ?」

「そして、私のことを『鳥臭い』と。それで私が名乗ったら、色々と事情を察したようだった」

「え、ちょっと待って。話した……ってこと? テレパシーとか、そういうの?」

「ああ、親鳥によろしく、と言っていた」

「……」


 ギリコが無言で綾羽と叢雲に「集合」の合図をする。


「どうする。病院連れて行ったほうがよくないか? アレ本格的にPTSDとかそういうヤツだろ」

「確かに、冗談を言っている様にも見えませんが……」

「いやいや待って待って。本当に話してた可能性もあるんじゃない? ドラゴンの生態だって、まだ分かってない所が多いんだし……」

「ああ、その可能性は考えてなかったわ……」

「一応保護者の方には連絡を入れるとして、とりあえずは様子を見るのが良いのでは?」

「そうだね。この後は極力、さっきの事には触れないようにして」


 自分の事を本気で心配されているとはつゆ知らず、ファウはその秘密会議をただ不思議そうに眺めていた。



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「それは大変だったわね……。で?」

「はっ。その後はつつがなくディナーを終え、土産物を物色した後、解散となりました。あ、こちらがその時の。つまらないものですが」

「別に気を遣ってくれなくてもいいのに」


 どちらかといえば白雷堂の和菓子がよかったと思いつつ、シャルロットは土産を受け取った。


「それで? 女子力は磨けたのかしら?」

「いえ、それがなかなか難しく……。というか、未だその概念もよく掴めておらず……面目ありません」

「まあ、そんなことだろうと思ったけど」


 と。うなだれる弟子を見て、シャルロットはあるものに気づいた。


「ずいぶん、可愛らしいのをつけてるわね」

「え……?」


 それは、キャラクターもののリストバンドであった。描かれているのは、スペースパークのマスコット、雷電ちゃん17号である。


「はっ、その……。これは、パークの土産物屋で見つけまして……」

「意外ね。そういうのが趣味だったの」

「というか、その……」

「?」


 叢雲は、もじもじしながら答える。


「初めて皆で遊んだ記念に、同じものを、その、皆で買ってはどうかと……。自分で言いだした手前、身につけないのもどうかと思い……」


 シャルロットの頬が緩んだ。


「そう……。女子会、楽しかったのね」

「はいっ、それは勿論!」

「なら結構。さ、今日のレッスンを始めましょう」


 満面の笑みを浮かべる弟子に背を向け、師匠は練習ステージへ上がった。




(ふふふふ、シノ。なんだか勝手に満足してるみたいだけど……。あなた、物凄く適当な理屈で一週間丸々レッスンをフイにされたのよ? そういうところ! あなたのそういうところよ!? ふふふふ……)


 この手口は今後も使える。密かに確信を得て、シャルロットは悪魔の微笑みを浮かべた。

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