第6話「アイドル☆ガールズ」(3)
6
「さて、こっからは電車だな」
「あれ? 叢雲ちゃんは?」
「ああ、お金を下ろしにあっちのコンビニに行った。ついでにトイレも済ませたいと」
「そっか」
原宿駅の南口にて、叢雲を待つアイドル三人。
その様子を、物陰から窺う男の影があった。
(電車か。また面倒だな……)
薄汚れたコートに伸びきった無精ひげ、目は若干血走っている。
(とにかく、ここじゃ人目が多い。夜まで待って、人気のない所で……)
「動くな。声を立てるな。ポケットからゆっくりと手を抜け」
突然の背後からの声に、男はゾッとした。反射で動いてしまいそうになったが、首筋に伝わる冷たい感触により、なんとか踏みとどまった。
「そうだ。それでいい。質問に答える事を許可する」
男の首にガラス片を突き立てている叢雲の声は、
「お前は、東雲の手の者か?」
「し、シノノ……何だって!?」
「声が大きい」
「は、はい……」
この女は本気だ。抵抗すれば容赦なく刺してくる。男の直感はそう告げていた。
「違うというなら名乗れ。貴様は何者だ」
「ジョー・ラダ……。地下の、ドブ・ロク一家の構成員だ」
「チンピラか。随分ずさんな尾行だったな。何故我々につきまとう」
「あ、あんたらアイドルだろう? ファンなんだ……」
男が言いかけた所で、叢雲はその腕をねじり上げ、地面に組み伏せた。関節を
「私はつまらない冗談は嫌いだ」
「わかった! 正直に言う! あの女、柩山ギリコだ! あいつに組を潰された恨みがある!」
「私はつまらない冗談は」
「本当なんです! 俺達はアイドルに潰された情けない
男はさらに強く踏みつけられ、涙目になってヤケクソ気味に訴えかける。
叢雲は呆れ果てて手を離した。
「だとしても貴様、アイドル保護法を知らんのか?
事実である。判決が下れば最上級テロリストと同等以上に扱われ、専門機関へと移送される。その後どうなるか、詳細を知る者は誰もいない。
「わかってますぅ……。だから、最後まで残ってた奴らも結局それでブルっちまって……。でもそれじゃあ……、あまりにあんまりじゃないですかぁ……」
「はぐれ者の面子か。気持ちはわからんでもないが……」
この男は襲撃事件の折、何も出来ずに一撃で倒れ、やっと動けるようになった時には全てが終わっていた。その無念はひとしおである。
年甲斐もなく泣きわめく男を諭すように、叢雲は言った。
「とはいえ、こんなことで将来を棒に振っては何にもなるまい」
「でもぉ……」
「その先に本当に栄光はあるか? 意地を通すのもいいが、『こんなはずじゃなかった』と野垂れ死んだのでは、先に逝った仲間達も浮かばれんぞ?」
「あ、いえ、みんな生きてます……」
「む、ならば尚更だ。力を合わせ、今度こそ真っ当な道で再起を図るべきではないか?」
「た、たしかに……」
男は涙を拭い、立ち上がった。
「わかりました! 死んだ気でやり直して、今度こそ成り上がってみせまさぁ!」
「うむ、その意気だ」
男の覚悟を見届けると、叢雲は満足げにその場を立ち去った。
残された男の心は、妙に晴れやかであった。
「そうか、あれがアイドル……。みんなが夢中になるわけだ」
焦りはなかった。先は見えないが、進むべき方向は決まった。
(まずは飯を食おう。そして眠ろう。朝が来たら、地下に帰って――)
「あー、そこのあなた。ちょっといいですか?」
「え」
「すみませんね。住民から通報がありまして。不審者が女の子を付け回していると……」
「……あ」
「あ、戻ってきたね」
「申し訳ない。遅くなりました」
「何かあったの?」
「あ、いや、少々機械の操作に手間取りまして……」
皆に心配をかけまいと、叢雲はなんとか取り繕おうとする。
しかし――
「なんだ。大きい方かと思った」
「え゛」
「ばっきゃろ、アイドルはウンコとかしないの! そういうことは表で言っちゃいけません」
「そういうものか」
「そういうもんなの! ねー?」
あまりフォローになっていないフォローをするギリコ。その脳天気な顔に、叢雲の目がすわる。
(元はと言えば、この人が元凶なのでは……)
なんとなくイラッと来て、叢雲はギリコの尻を軽快に蹴り飛ばした。
「あざーっす!?」
突然の出来事に綾羽とファウは困惑したが、当のギリコは何故か幸せそうであった。
7
浅草港駅から徒歩で10分。超高高度タワー《世界樹》をエレベーターで一気に上がる。
月面都市ドームを突き抜け、宇宙空間をしばらく堪能した後、直上に巨大な建造物が見えてくる。
国営アミューズメント総合施設、浅草スペースパークである。
「晩飯にはまだ早いしさ。まずはゼロGスポーツでも……」
「……」
「あ、あの、叢雲ちゃん? まだ怒ってる?」
「怒ってはおりません」
(明らかに怒ってる……)
あの後、突然蹴り飛ばしてしまった手前、叢雲は事情を説明せざるを得なかった。最初は何が何やらといった面持ちだったギリコも、原因が自分だという段になると途端に青ざめていった。
「そうするに到った経緯も聞きましたし、やむを得ぬ処置だったとも思います。私とて、狙われる心当たりが無いわけでもありません」
「なるほど、それで感情をぶつける先を見失って苛ついているわけだな」
「ン……まあ、そういう事だ」
あっさりと核心を突いたファウに、一同は目を見張った。この娘は時々こういう所がある。
「そういう事なら、尚更だ。アイドルは拳で語り合うもの。歌は拳、つまり、歌も拳だ」
「え?」
ファウの指差す先を見て、綾羽がその意図を理解した。
「なるほど、つまりカラオケ勝負、というわけだね?」
「ああ」
それを聞いて、叢雲が不敵に笑った。
「ふむ、いいでしょう。勝負とあらば望む所。それをもって決着としましょう」
「お、おう! こっちも本気でやらせてもらうぜ」
なんとか丸く収まったようで、綾羽もほっと胸をなでおろした。
軽快に歩き始めた一同であったが、ふと叢雲が振り返る。
「ところで……」
「ん?」
「カラオケとは、一体いかなるモノなのでしょうか?」
「えっ」
カラオケとは、録音された伴奏に従って歌う遊戯形態のことである。一部地域では風俗店を指し示すこともあるが、ここでは関係ない。
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