第6話「アイドル☆ガールズ」(2)
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やや住宅街寄りの裏通りに、その店はある。周囲の風景からは若干浮いたクラシックな甘味処、《白雷堂》である。
「
「はぁー!? ちょっとおかーさん! あたし今日オフなんですけどー!?」
「たまにしか帰ってこないんだから、手伝ってくれてもバチは当たらないでしょー? じゃあ、行くからね、よろしくー」
一方的に仕事を押し付けられ、江藤ミミ――本名、佐藤御菓子――は、渋々着替え始めた。
「……ったく、せっかく集中できてたのに」
オフとはいえ、日課のイメージトレーニングは欠かしていない。最近は特に念入りだ。
そのきっかけは、EXIAのメンバーが全員、役員室に呼び出された時のことであった。
「さて、君たち。揃って呼び出された理由は分かるかなあ?」
総合P、御鏡リアが椅子にふんぞり返る。
EXIAの面々は互いにアイコンタクトで牽制し合い、ミミが渋々口を開いた。
「リーグの戦績が芳しくないから……でしょうか?」
「そうなの? じゃあ右から順に言ってみて」
リアの白々しい態度に軽くイラつきながら、ミミ、さなぎ、サリエ、万里は順に答えた。
「5勝2敗1引き分け……です」
「6勝2敗です」
「……7勝1敗」
「ワシも7勝1敗です」
「なんだ、言うほど悪くないじゃん。何か不満でも?」
確かに、悪くないどころかむしろ好成績である。しかし各々、色々思う所はあった。
まず、無名と侮っていた地下アイドル勢に思わぬ苦戦を強いられた、というのが大きい。王者エンプロの戦いとは程遠い、偶然勝ちを拾ったステージも少なからずあった。
また件の新人、ファウ・リィ・リンクスがここまで全勝で来ているというのも、彼女たちのプライドを著しく傷つけていた。
「ふむふむ。でもまあ、肝心要のエルちゃんも全勝だし、ウチとしてはこのまま好成績キープして決戦に残ってくれれば、ね。特に問題ないッスよ?」
「そうは言っても、私達にもEXIAとしてのメンツが……」
「メンツ、ねえ……」
リアが立ち上がる。
「時に諸君、何故君たち四人をユニットとして売り出したのか、その意味を考えたことはあるかな?」
「意味……ですか」
互いに顔を見合わせ、今度は万里が率先して答えた。
「この四人で切磋琢磨し、エルさんを超えるトップアイドルを目指せ……っちゅう事だと思うとります」
「うん、惜しい。正解はね……」
リアは表情を変えず、さらりと言い放った。
「君たち四人がかりでも、氷室エルには到底及ばないからだよ」
その言葉から一気に火が付き、燃え上がる。四人全員から、おぞましいほどの殺気が放たれた。
「怖い怖い怖い。アイドルのしていい顔じゃないよー。スマイルスマイルー」
リアはいつも通りの笑顔で、全く意に介していない。
「ま、今のは冗談としてもね。それくらいの気概は常に持っててもらいたいって事で。じゃあ本題に入ろうか。これからのイメージ戦略プランだけど――」
おそらく冗談ではない。この女は本気でそう思っている。また、実際にそのくらいの実力差があるということも、ここにいる誰もが肌で理解していた。
今まで本気を出していなかったわけでは、決してない。しかし、それでもまだ足りないのだ。あの高みには――。
「今は一分一秒でも惜しいってのに……」
髪を後ろで雑に束ね、度の入った眼鏡をかける。エプロンを着けると、普段はメイクで消しているそばかすもそのままに、ミミは店に出た。
「ごめんなあ。休み中なのに」
「バイト代、ちゃんともらうからね」
厨房で申し訳無さそうにしている父親を横目に、接客を始める。
と、ちょうどまた新しく客が入ってきた。
「あ、いらっしゃいま……せ……」
ミミの顔が、営業スマイルから一気にこわばっていく。
「倉橋綾羽ァ!?」
「あ、はい……」
思わず大声を上げてしまった。先日、ステージでさんざん辛酸を舐めさせられた相手である。
(なんで!? なんでこいつがこんなトコに!?)
「お? なんだなんだ。有名人じゃーん」
「もう、茶化さないでってば」
「……どうかしたのか?」
ひょいと後ろから出てきた顔に、またも声が出てしまう。
「ファウ・リィ・リンクス!?」
「はい……?」
(え、どういうこと!?
店舗と実家が一体なので、トラブルを避けるために店のことは公表していない。たとえ知っていたとしても、わざわざ綾羽達が押しかけてくる理由などない。
(ま、まあ、偶然か……。少し考えたら、そりゃそうだ……)
「あの、いいですか? ここで食べていきたいんですけど……」
「ひゃ、ひゃい! もちろんです……」
なんとか平静を保とうとしながら、ミミは四人を奥の席に案内した。
とにかく、ここで正体がバレるわけにはいかない。実家バレは避けたいし、今のすっぴん顔とアイドルの時とを比べられるのも癪だ。何より、単純に気まずい。
「しかし、感じのいいお店ですね。趣があって落ち着きます」
「だろぉ~? ウチの子達が教えてくれたんだけどさ、ここの餡蜜がまた絶品で……」
「お、お待たせしました……」
「お、きたきた」
ミミはビクビクした手つきで甘味をテーブルに並べていく。
「それでは早速頂きましょうか」
「あ。ちょっと待ってくれ」
ファウはポーチから端末を取り出した。
「あの、店員さん」
「は、はいっ?」
急に呼び止められ、ミミの鼓動が速くなる。
「写真、いいですか?」
「写真!?」
(いきなり何を? あたしと写真!? なんで……!?)
既に頭はパンクしかけていた。
「これ、アンミツの写真。ネットに上げてもいいですか?」
「あ、そっち……。そっちね……。いいですよー……」
――張り詰めていた糸が、切れた。
「お、何だ何だ。お前もそーゆーの始めたのか」
「イメージ戦略の一貫らしい。それに、記録しておくと食事管理にも便利だからな」
「そういうモノなのか……。では私も」
「ねえ。せっかくだから、みんなで映った写真も撮らない?」
「お、いいねえ」
「百合営業だな」
「あ、店員さん。本当申し訳ないんですけど……」
「ああ、シャッター押せばいいんですねー。もちろんいいですよー…。…はい、チーズ」
ミミが機械的に応対する。その声からは、完全に精気が抜けていた。
「美味しかったです。また来ますね」
「ども、あざーっすー……。またおこっしゃっせー……」
四人は満足気に店を後にした。
「店員さん、何だか様子がおかしかったな」
「知っているアイドルが目の前にいるとあっては、平静ではおれんのだろう。私もよくあの様な感じになるので、気持ちはわかる」
「やっぱり、サインの一つでもしてあげたら良かったかな」
「ま、頼まれたら、な」
四人を張り付いた笑顔で見送った後、ミミはピシャリとドアを閉めた。
「や、やっと帰った……」
謎の疲労感がどっと押し寄せ、その場にへたり込む。
「……って、いうか……」
(なんなの!? マジであいつら、全く気づく
理不尽な怒りが、ミミの中で沸々と湧き上がっていった。
実際には、ギリコだけは初見で気づいていた。気づいていて、黙っていた。ギリコは基本的に、全てのアイドルのファンである。そして、線引きの出来るアイドルオタクなのである。
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