第6話「アイドル☆ガールズ」(1)

        1


「シノ。あなた、女子力が足りないわ」

「はい?」


 師匠マスターの唐突なフリに、叢雲は眉をひそめた。


「アイドルは人気も実力の内。これは前に教えたわね。あなたは見た目はそこそこだし、磨けば光るわ」

「はあ」

「でも、それだけで民衆の心を掴めると思ったら大間違いよ。ファンはアイドルの内面、キャラクターにも大きな関心を寄せるもの。アイドルがファンの前に立つ時、ファンもまた深淵を覗き込むのよ」

「哲学の話ですか」

「そう、哲学よ。人生という名の哲学」


 この達人は、たまに難しいことを言う。


「と、いうわけで。来週の個人レッスンはお休みにするから、その間は自分で女子力を磨くこと。いいわね?」

「承知致しました。ところで、一つ質問が」

「何かしら?」

「女子力とは何でしょう?」

「自分で調べなさい」



        2


「なるほど、女子力か」

「一応ネットで調べてみたが、あまりに漠然としすぎていて要領を得んのだ。正反対の事が書いてあったり、何が正しいのか皆目わからん」

「アイドルの強さに繋がることなのだろう? 意図的に情報操作がされている事項なのかもしれない」

「むう、ネットの闇は深いな」


 叢雲は現在、事務所が用意したマンションに一人暮らしをしている。部屋には小洒落たインテリアや小物類は一切なく、食事用のちゃぶ台ぐらいしか置いていない。今時、潜入工作員でももう少し気を遣うレベルであった。


「しかし女子力……。そういえば、うちのコーチも女子力が無い、とミサに言われていたな」

「何? そちらのコーチといえば、たしか元トップアイドルだろう? その様な御仁でも、未だ極められていないというのか……?」

「よくわからんが、そうらしい。ミサに言わせれば、私の方がまだ持っているそうだ」

「ますます意味がわからん……」

「よし、できた」


 ファウが顔を上げる。

 叢雲の足先では、仕上がったばかりのネイルアートがきらびやかに輝いていた。


「これは……すごいな」

「サンダル履きの時は、こういう所にも気を遣わないとな。受け売りだが」

「どこで習うものなんだ? こういうのは」

「地元でちょっとな」

「ほぉ……」


 一仕事終え、ファウが端末をいじる。


「とりあえずミサに聞いてみる」

「あ、ああ。すまない」


 叢雲は、自分の爪先をまじまじと見つめていた。少々気恥ずかしい所もあるが、その装飾の美しさには、素直に感心せざるを得ない。


「わかったぞ」

「早いな。本当か?」

「ああ。なにぶん実践的なことらしい。自分で感覚的に掴んでいくしか無いそうだ」

「やはり、そうか……」

「だが、具体的な方策は知ることができた。女子力がなんたるか、それを理解するには……」

「するには……?」


 ごくり、と唾を飲み込む。


「女子会だ」

「女子会!?」



        3


「え、なに? 女子会? 行く行く、もちろんオッケーよ。ああ、段取りは任せとけ。で、他に誰か来んの?」


「女子会? うん、大丈夫。是非行かせてもらうよ」




 原宿裏町ホロウロード。日本中の「イケてるツヨカワ」が集う場所。アイドルを志す乙女達のメッカである。


「ほ、本日は! お忙しいところを、わたくしめの為にお集まりいただき!!」

「硬い硬い硬い! そういうのいいから!!」

「ふふっ。でも本当、誘ってくれてありがとう。私、ああいう売り出し方してるから、アイドルの友達って、本当、他にいなくて……」

「あーもう、アンタもめんどくせーなー!」


 ファウの呼びかけにより、ギリコと綾羽が駆けつけた。ファウ以外はそれぞれが初対面である。


「ところでギリコ。二人にサインとかもらわなくていいのか? ファンなのだろう?」

「ばっかおめえ、今日はアイドル友達として来てるんだ。そこら辺の線引きはキッチリしとかないとな」

「相変わらず律儀だな」

「おうよ。サインとか握手とかは、そういうイベントの時にたっぷりしてもらうので、そん時はよろしく!!」

「あ、来てくれるんだ……」

「よ、よろしくお願いします……」


 初対面の相手に緊張していた叢雲であったが、とりあえず感じの良さそうな面々に胸をなでおろした。


「それで私、この様な会は初めてゆえ……。まずは何処へ行きましょうか?」

「そーだな、色々プランはあるが……」

「うん。まずは……」

「……」


 三人の視線が、叢雲に集中する。


「服を買いに行こう」

「そうだね」

「異議なし」


 もともと、叢雲は武術以外に関して無頓着である。

 しかし、それにしても、である。


「え……。え?」


 その私服は、あまりにダサすぎた。



        4


「無理! それは流石に無理! 絶対に無理なので!」

「ぐへへへ、大丈夫だよぉ。お姉さんに身も心も全部任せて、さあ、さらけ出せ! 己が内に眠るインモラルビーストォ!!」

「嫌ぁぁぁぁ!!」


 試着室にて、めくるめく阿鼻叫喚のファッションショーが展開される。

 ファウと綾羽は遠くからそれを眺めていた。


「まるで着せ替え人形だな」

「でも、ちゃんと全部似合うしセンスもいいんだよね……」

「そういえば、服のデザインとかも自分たちでやってると言ってたな」


 今日のギリコは眼鏡と髪型で軽く変装しているものの、街の雰囲気に合わせたコーデをバシッとキメている。元来、どちらかといえばファッションにはうるさい方なのだ。


「はぁはぁ……。ま、こんなもんだろう……」

「は、恥ずかしい……」

「ハイそれじゃあ次! ファウこっち来ーい」

「む、望む所だ」


 ファウと入れ替わりで、叢雲が解放される。先程までの芋臭い格好とは打って変わった最新モードだ。


「お疲れ様。大変だったね」

「これ、本当に大丈夫なのでしょうか……?」

「うん、とっても似合ってるよ」

「まことですか……? 私、皆様方と違いこの様な事には全く疎いもので……」

「あはは、私もそんなには詳しくはないよ。ここだけの話だけど……」

「?」


 綾羽がそっと耳打ちをする。


「この服も、お母さんが買ってきたのを着てるだけだから」


 思わぬ告白に、叢雲は呆気にとられる。

 そして間を置いて、二人同時に思わず噴き出したのであった。


「だからファウお前なー! 露出が多ければいいってもんじゃないの! お前アレか? 短パン大好き短パン小僧か!?」

「ダメなのか?」

「個人的にはオッケーだ。あくまで、個人的にはな」

「ならば仕方ないな……」

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